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「夫婦別姓」と「戸籍制度廃止」 (16)

前回】のつづき>>>>

 

 

 

街は、いつにも増してひっそりと静まり返っていた。
ジリジリと照りつける真夏の日差し。刻々と迫りくる決行の時。
まるで街中の人々が、息をひそめてその時を待っているかのようだった。

 

決行の日は、明日に迫っていた。

 

祐介のオフィスで、監視カメラで捕らえられた涼子の姿に衝撃を受けた美和子は、あれ以来ずっと部屋に閉じこもっていた。局にも行っていない。越善マユミには、具合が悪いとだけ伝えた。同行取材の準備を手伝えないことを詫びると、マユミは疑問に思うことなくその件は問題ないからと言い、帰国後の疲れがたまったのだろうと美和子を労わった。

 

美和子は、帰国以来起きたことを順を追いながら、ずっと考えていた。
松永家を乗っ取ったなりすまし、そこへ現れた人権擁護委員の男たち。川村智恵子の夫を死に追いやった人権擁護委員会婦人部。川村家を乗っ取った中国人。女性救済センターにいた寺坂君江と福祉センターに入れられた与一の話。そして、大石と呼ばれる議員の計画を遂行する矢頭祐介と岡野たち。
社会が壊れる。家族が壊れる。民主党政権で壊された社会で、特権を享受する越善マユミたち。そして民主党大訪中団。

 

アメリカから帰国する前は、想像もできなかった状況だった。美和子の信奉していたフェミニズムも、左派政党の提唱する高度福祉も、ダイナミックな経済活動から得られる利益の上澄みでしかない。基盤となる経済がなければ成り立たないという当たり前のことを無視して、経済大国日本にあぐらをかいて企業活動を非難し弱者の権利をひたすらに訴えてきた左派政党と、それを支持する大多数の国民が選んだ社会。
 

 

明日、この状況が大きく転換するなら、帰国して数週間のこの経験は美和子の人生にどのような意味があるのだろう。いまでも現実味のない短い夢と錯覚することがある。だが、祐介や与一、智恵子、そして妹の涼子たちにとっては一年に及ぶ苦しい弾圧の日々だったのだ。

 

祐介は、決行に必要な材料はすべて揃ったから、無理に局に行かなくてもいいと言った。
明日、どうするか―――美和子は迷っていた。

 

 

きっと何か思いもよらないことが、局で起こる。そんな予感がした。一方で、明日、羽田から旅立つマユミに一目会っておかなければならないとも思った。この思いは、何か焦燥感に近いものだった。

 

明日、行ってみよう。美和子が思い立つと、ドアを叩く音がした。

 

与一だ。ここ数週間、聞きなれた足音とノック。美和子は、ドアを開けて与一を招き入れた。

 

「おねえさん。明日出かけるつもりじゃない?」
「ええ、そうよ。よく分かったわね」美和子は笑って答えた。
「矢頭さんが、Wカードを持っていけって。偽造だけどね。おねえさん、まだ申請してなかったでしょ」
与一は、美和子のID情報が記されたWカードを渡した。
「そうだけど。どうして偽造してまでWカードを?」
「明日、局はパニック状態になるらしいから、それを持ってるとお守りになるんだって」
「お守り?ふふふ。先輩も変なこと言うのね。でも、パニックってどういうこと?」
「それは明日のお楽しみだってさ」


    * * * *


羽田空港のロビーは、大訪中団の群とそれを見送る者たちであふれていた。
美和子は、マユミたち同行取材班のいるラウンジへ回った。美和子の姿を見て、マユミが駆け寄ってきた。

 

「大丈夫なの具合は?無理しなくていいのに」
マユミの細い腕には、不釣り合いな取材班の腕章が絡んでいた。
「ありがとう。でも、もう大丈夫よ。あとで局にも寄ろうと思ってるの、もうすぐ出発ね」
「ええ、私たちは党幹部と同じチャーター機よ」
「チャーター機?政府専用機じゃなくて?」
「もちろんよ。なにしろ8月15日の晩餐会に参加するのよ。日本をアピールするような飛行機で行くのは拙いっていう意見が党内で出て、急遽チャーターしたのよ」
経済活動を無視して、党内行事に熱中する民主党政権下なら旅客機の急遽チャーターも可能だろう。美和子は、馬鹿馬鹿しいと思った。
 

 

「それにしても、すごい人数ね」
「ええ。どういうわけか、この訪中団の話がほとんどのKカード保持者の間に伝わっていたらしくて、参加希望者が増えたのよ。結局、当初の予定の倍を超える七千人になったわ」
空港に待機している旅客機を見ると、韓国からチャーターしたものもあるようだ。

「あら?あの先生、社民党の・・・」
「ああ、民主党以外でもKカードを取得している議員はいるわ」
「でも、民主党以外の政党は非合法化されたんじゃ」
「非合法化されても、Kカード取得の障害にはならないわ。彼らは思想信条を同じくする同志ですもの」
「そう。それじゃ、マユミ。がんばってね」
「ええ。ありがとう。美和子も」
美和子とマユミは、固く握手して別れた。

美和子は、待たせてあった局のハイヤーに乗り込んだ。
「局までお願いね」

 


   * * * *


美和子は、オフィスに入る前に報道センターを覗いた。
Kカード保持者の日本人スタッフは全員訪中団に参加している。残っているスタッフは韓国人だけだ。
スタッフとは名ばかりで何もできることがないから、あらかじめ用意された映像をひたすら流しているだけだ。
仕事もせず、雑談や昼寝に耽っている。

 

いつもと大して変わらない光景だと思って通り過ぎようとした。

 

センターの奥に見慣れない人員数人がいる。マユミは、日本人スタッフの穴埋めの臨時要員が入ると言っていたが、その内一人はどこかで見たような気がする。以前、報道センターにいて辞めたスタッフだろうか。
思い出せないまま、美和子はオフィスに向かった。

 

デスクに向かって、やることもなく時間が過ぎた。パニックが起きると言っていたが何も起きない。
もう3時を回っている。マユミ達も、ほどなく北京に到着するだろう。
息抜きに階下のカフェにでも行こう。オフィスを出ると、もう一度報道センターを覗いてみた。

 

さっきの臨時要員がモニターに向かっている。やはり、見覚えがある横顔だ。
そう、どこかでモニターに向かっている横顔を見たのだ。モニター・・そう、祐介のオフィスだ。
オフィスの奥の部屋で作業をしていて、一、二度遠目に見ただけだが、名前は・・・確か間瀬と呼んでいた。

 

彼らが紛れ込んでいるということは、計画は進行中なのだ。美和子は少し身震いした。

 


「臨時ニュースをお伝えします。民主党政権が崩壊しました」
「臨時ニュースをお伝えします。民主党政権が崩壊しました」
「臨時ニュースをお伝えします。民主党政権が崩壊しました」

 


報道センターのモニター映像が一度に臨時ニュースに切り替わった。
 

画面には民主党本部前からの中継映像が映し出され、民主党本部ビルからパニックを起こしたように逃げ出す人々を追っている。

ニュースのアナウンスは、日本語、英語、中国語、韓国語に切り替わりけたたましく同じ内容を繰り返した。
センター内にいた、韓国人スタッフたちは飛び跳ねるように立ち上がってモニターを見続けている。

 

突然、画面にテロップが流れた。

 

「北京の空港で、日本からのチャーター便で到着した偽造パスポート集団が拘束された模様」

 

「偽造パスポート集団のチャーター機が、次々と着陸」

 

「偽造パスポート集団は、Kカードを保持していることから北朝鮮人民とみられる」

 

テロップが韓国語に切り替わると、韓国人スタッフらは慌てふためいた様子で口々に喚き始めた。


テロップが続く、

 

「北朝鮮政府は先ごろ、日本にいるKカード保持者は北朝鮮人民の持つIDであると声明を発表していた」

 

「北京政府は、偽造パスポート集団を脱北者と同様に扱う見通し」

 

テロップが流れ終わる前に、韓国人スタッフの阿鼻叫喚は頂点に達していた。

 

 

 

>>>> つづく

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「夫婦別姓」と「戸籍制度廃止」 (15)

前回】のつづき>>>>

 

 

 

「岡野さん、こんにちは。お邪魔するわね」
美和子がオフィスに入ると、岡野が一人でモニターに向かっていた。
「こんにちは。矢頭さんはまだ来てませんけど、そろそろ現れると思います」
岡野は、モニターから顔を上げて美和子に言った。
「ありがとう。じゃ、こちらで待たせてもらうわね」
美和子は、応接に向かった。
「ごめんなさい。僕、モニターから離れられないんで、そこらへんにあるお茶とか適当に飲んでいてください」
「ありがとう。そうさせてもらうわ」
一週間分の仕事をまとめた書類の束を応接テーブルに置くと、美和子はコーヒーメーカーをセットした。
モニターに向かう岡野の横顔が見える。真剣な表情で作業をする岡野の顔は、一層端正に見えた。

 

「どうぞ」
美和子は、淹れたてのコーヒーのマグを岡野のデスクに置いた。
「ああ、ありがとうございます」
岡野は少し驚いたように、美和子を見上げて礼を言った。
「大変ね。日曜日まで仕事しているなんて。いつ休んでるの?」
「計画が始まってから、ずっと休んでません」
「本当に?大丈夫なの?」
「苦痛に感じることはないですから、心配しないでください。いつまでも続くわけじゃないですし」
やけにハッキリと岡野は言った。
「そう。でも、体には気を付けて」
なんだか間の抜けた応答だと思ったが、他に適当な言葉も見つからなかった。
岡野の前には複数のモニターがある。チラリと目をやると、一つのモニターがさらに4分割されて、複数の映像が映し出されていた。映像は、どこかのビルの屋内の様子に見えた。岡野は、まるで監視カメラを通して屋内を監視する警備員のようだった。岡野に何かを探っているように思われるのも不本意だと思い、美和子はすぐに応接のソファに戻った。

 

祐介や岡野たちは、何をしようとしているのか。この状況をどうやって元に戻そうと言うのか。ただ、岡野のハッキリとした口調は、この計画がほどなく終わることを暗示しているようだった。
今日このオフィスに呼ばれたのも、祐介が何かの情報を引き出すためだということは分かっていた。この前、祐介が手に入れた情報は、大臣を陥れた越善マユミの件、そしてその黒幕がNBSテレビのトップだということ。それが計画にどう関係するのだろうか。そして、今日は美和子の得たどんな情報が欲しくて自分を呼んだのか。美和子が思案を巡らしていると、突然ドアが開いて祐介が入ってきた。

 

「遅くなってゴメン。待った?」
祐介は、つかつかと小さなキッチンに近づくと戸棚から自分のカップを取り出し、美和子が作ったコーヒーを注いだ。
コーヒーをすすりながら、ソファに腰掛けると祐介は身を乗り出した。
「どう?久々の職場は?一週間働いてみた感想は?」
「どうもこうもないわ。本当に、バカバカしいくらい変わっていたわ。以前いた報道部は、素人だらけで何の報道もできてないし。意味もなく韓国人が管理職についていたり。あれで国際色豊かな職場だなんて笑っちゃうわ」
美和子は、鼻で笑いながらソファに背を凭れて脚を組んだ。

「職場の人以外に変わったことは?例えば、ビルのセキュリティシステムが変わったとか」
「そういう所は、以前と全然変わってなかったわ。通信システムやネットワークの管理方法すら変えてないんだからビックリよ。何の危機意識もないみたい。もっとも、韓国から受け取った映像を流しているだけで、知的財産も機密も何もないから問題ないんでしょうけど」
祐介はニヤリとした。


「そう。ところで、越善さんはどうしてる?」
「ああ、マユミ?」
美和子は、不機嫌そうにテーブルの上の書類の束から、「民主党大訪中団」のパンフレットを取り出して見せた。
「なんだか知らないけど、マユミも同行取材するらしいわよ」
祐介は無造作にパンフレットを取り上げると、大きな瞳で瞬きもせずに文字を追った。
「8月15日。やっぱりそうか」
「ええ。8月14日に、チャーター機を十機ほども飛ばすらしいわ。マユミは政府専用機でVIP待遇らしいわ」
「8月14日?出発時間は?」
「こんなことがそんなに気になるの?確か、政府専用機が羽田を離陸するのは昼の12時頃だって言ってたわ。それで、チャーター機も順次離陸するそうよ。くだらないツアーね」

美和子は、テーブルの上の書類を纏めて祐介に手渡した。
「気付いたことを全部書いておいたわ。好きに使ってちょうだい」
「ありがとう」
受け取ると、祐介は書類をパラパラとめくって目を通した。
美和子は、祐介の企みが未だに推し量れずにいた。


「矢頭さん、大変です!」
突然、岡野が立ち上がって叫んだ。
「川村さんが・・・川村さんが、拘束されたみたいです!」
「何だって?!」
祐介は、慌てて岡野に駆け寄りモニターを覗きこんだ。
「ここです。見てください」
「あっ・・・」
眉間にしわを寄せて、祐介は食い入るようにモニターに顔を近づけた。

「何?川村さんが、どうしたの?」
美和子も岡野の傍に駆け寄った。画面には、数人の男に取り囲まれて抵抗する川村千恵子らしき姿が映っている。やがて、抵抗も虚しく連れ去られて画面の外に消えていった。
「何なの、これは!?どこなのよ、一体?川村さんに何をさせていたのよ!?拘束されるなんて、どんな危ないことをさせていたの!?拘束して言った連中は誰なの!?」
美和子は、祐介のシャツをつかんで揺さぶるようにして責めるように言った。
「すまない。でも、詳しいことは言えないんだ」
「詳しいことは言えないって、先輩はいつもそればっかり。酷いわ。川村さんがこんな目に遭っているのに。どうするつもりなの?!川村さんにもしものことがあったら・・」
祐介は、美和子の両肩をしっかりと掴んだ。
「ごめん。でも、川村さんのことは、僕が責任を持って対処するから」
祐介の大きな瞳で見つめられ、美和子は戸惑った表情で目をそらした。

 

視線を落とした先のモニターの一つに、美和子の目はくぎ付けになった。
不意に美和子は、祐介の手を振り払いモニターに近づいた。
「りょ、涼子・・?」
モニターを見つめる美和子の瞳孔がみるみる開いていった。
「涼子!涼子だわ。なんで涼子がこんなところにいるの。どこなのここは!?ねえ、先輩!」
今度は、祐介が驚いた表情でモニターを覗きこんだ。
「そうか・・そうだったのか」
「何?先輩、何を言ってるのよ!涼子はどこにいるの!?ここに映っているのはどこなのよ!?」
半狂乱になった美和子を目の前にして、祐介は迷ったように口ごもった。
「先輩!教えてちょうだい!これはどこなの?!ねぇ、ねぇ!まさか、まさか!」
「女性救済センターですよ」冷静な声で岡野が言った。
いゃぁぁああっ!美和子は、頭を抱えながらその場に座り込んだ。
美和子の悲鳴が部屋中に響き渡った。

 

「矢頭さん。きちんと説明した方がいいですよ」
岡野の言葉に、迷っていた祐介は我に返ったように頷いた。
「わかった」
祐介は、美和子をソファに座らせると落ち着くように言った。
美和子は、涙で乱れたメイクを見られないように、俯いたまま頷いた。

 

「実はね、川村さんは寺坂さんから女性救済センターの話を聞いて、自分からセンターの内情を探りたいと僕らに申し出たんだ。僕らは、そんなことは自分たちでやるからと説得したんだけど、センターに出入りできるのは女性だけだから是非自分にやらせてくれと何度も何度も頼まれた。それで、彼女をセンターの清掃業者に潜り込ませたんだ。
 川村さんには、清掃と備品の手入れをする傍ら、盗聴器や隠しカメラを設置してもらっていた。でも、必要な設置はもう何日も前に全部終わっていて、川村さんには引き上げるように伝えていたんだ。にも拘らず、川村さんはセンターへの出入りを止めなかった。今にして思えば、川村さんは君の妹があのセンターにいるのではないかという疑念を最初から抱いていて、僕らに仕事の申し出をしたんだと思う。

 ごめん。君の妹のことは、僕らは全く知らなかった。川村さんからは何も聞いていなかったんだ」

祐介は、美和子の震える肩に手を置いた。
 


「でも、信じてほしい。君の妹と川村さんは、必ず救出する。ちょうど一週間後に」
「一週間後?」
「ああ、計画を実行する日取りが決まった」
美和子は、祐介の顔を見上げた。

 


祐介は、立ち上がって岡野に言った。

「岡野。みんなに知らせてくれ。決行は14日だ」

 

 

 

 

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「夫婦別姓」と「戸籍制度廃止」 (14)

前回】のつづき>>>>

 

 

 

美和子が去った席を、与一は背中を丸めてじっと見つめた。
照明がグラスを通して白いテーブルクロスに、きれいな葡萄色の影を落としている。

 

与一は、ふっと顔を上げると祐介に向き直った。

 

「ねえ。さっきの矢頭さん、いつもの矢頭さんらしくなかったよ。いつもは、すごく冷静なのに。どうしてお姉さんに対してあんな風に言うの?」
「なんだ、与一。ずいぶんお姉さんの肩を持つんだな」
祐介は笑った。
「そんなんじゃないよ。でも、なんかお姉さん見てたら、可哀相になったんだ。ちょっと涙ぐんでたし」
「そうだったね。でも、お姉さんにはしっかりしてもらわないと。来週から、敵の真っ只中で仕事してもらうんだし。僕らの仕事が終わるまでの二週間の間に、彼らに丸め込まれでもしたら困るからね」
「え?お姉さんの役割はもう終わったんじゃないの?」
「一つはね。でも、実はもう一つあるんだ」
「お姉さんは、それ知ってるの?」
祐介は、与一の眼を見ながら微笑んで言った。
「与一。これは内緒だ」
「騙してるの?」
「そうじゃない。知らない方が本人も気が楽だし、難しいことでも危険なことでもないからさ」

 

「川村先生みたいな、難しい仕事じゃないのね?」
与一の母の君江がキッチンから口をはさんだ。
「大丈夫ですよ。放っておいても、今日みたいに入ってくるはずの情報を持ってきてもらうだけだから。本人もそれと知らずに」
「それならいいけど」
君江は、エプロンで手を拭きながらテーブルに戻ってきた。
「それにしても、川村先生はお気の毒だわ。私なんて、生活と夫の看病のことしか頭になくて、選挙公約に釣られて民主党に投票し

てしまったんですもの。それで、与一にまであんな苦労をさせてしまって。馬鹿だったわ。少しでも収入の足しになるなんて考えて

・・」
「それは、仕方ないですよ。仕事しながら看病して与一君の面倒も見てたら何も考える時間なんてなかったでしょう」
「でも、川村先生の不幸は、私みたいな自業自得じゃないのよ。先生のご主人がずっと大石議員の支援をしていたから狙われたのよ。川村先生の他にも、同じような目に遭ってる支援者がいるって聞いたわ。民主党は、自分たちを支援しない者からは何でも奪い取るって。あの口蹄疫もそうだったんでしょう?だから民主党支持基盤の強い県は儲かったって聞くわ」
「民主党なんて、名前だけ民主主義で中身は独裁さ。やってることはスターリンやポルポトと変わらない」
君江は、少し不安そうな目をした。
「大丈夫ですよ。もうすぐ僕らが何とかします。と言っても、大石さんが全部考えた計画なんですけどね。でも、やれるとしたら今しかチャンスはないから。与一君にも頑張ってもらってますけど」
「お願いしますね、矢頭さん」

 

「ねえ、ねえ。矢頭さん。さっき言ってた『日本は最大の債権国』ってどういうこと?」
思い出したように、与一が訊ねた。
「ああ、あれか。こういうことだよ。例えば、君がお金を貸してあげてる友達が、誰かと殴り合いのケンカをして死んだりしたら困るだろう。一先ず、その友達の味方に付こうと思わないか?」
「うん」
「でも、君がお金を借りてる相手だったらどうする?」
「ああ、そういうことか」
与一は嬉しそうに笑った。
「矢頭さんたちといると勉強になることが多いね。でも、日本ってそんなに外国にお金貸してるの?」
「ああ、援助という名目でね。日本人は、国際協力とか援助というと無条件にいいことだと勘違いしてるけど、状況によってはそれが最悪の事態を招くこともあるんだ。援助をしていれば有難がられるとか、信用されるとか思いこまない方がいい」
「そんなものかなぁ」
「日本が、これまで最大の援助をしてきた国を見ればわかるだろう。中国だ。中国は、日本の援助で発展したと言っていい。でも、彼らが有難がっているか?それどころか、日本の援助で拡大した軍事力で恫喝したりしてきている。二番目に援助の多い韓国だって同じだ。世の中なんて、そんなものだよ」
「ああそうか。でも、学校の先生は日本が悪いことをしたから、中国や韓国が反発しているって教えてたけど」
「あっはっは。そりゃ、典型的な日教組教師だな。中国や韓国は、自力で発展してきたと国民に嘘をついているから、日本からの援助を隠し通したいだけさ。そのために、必死になって日本にも工作を仕掛けてきている。オンライン授業のアーカイブに関係した資料があるから、それを読めばよくわかるよ」
「わかった。ありがとう」
「与一は頭がいいから、まじめに勉強しておけよ。世の中が元に戻ったら、すぐにいい学校に入れるように手配するから」
「何から何まで、面倒見ていただいて・・・」
君江は、立ち上がって深々と頭を下げた。
「気にしないでください。僕の力じゃないですから。大石さんが解放されたらお礼を言ってください。それじゃ、僕は帰ります。ごちそうさまでした」
「お気を付けて」
君江と与一がドアまで見送ると、祐介は軽く会釈してから与一の頭をひと撫でして部屋を出て行った。

 


    *    *    *    *

 

 

「美和子、ちょっといい?相談したいことがあるの」
越善マユミは、書類を片手に美和子を手招きした。

 

美和子が、古巣のNBSテレビに戻って五日が過ぎていた。祐介の言っていた局の異常さは、入って一日目で理解できた。

局は、韓国人とKカード保持者の元日本人の巣窟と化していた。仕事のできるスタッフは全員辞めていて、報道部は取材も碌にできない素人集団が跋扈していた。こんな無能な集団と一緒に仕事をするかと思うと気が滅入りそうだったが、結局、美和子はマユミと同じ管理部門に配属された。
辞めたスタッフたちは、CS放送で仕事をしているという。以前からいる韓国人スタッフと、新たに入った素人スタッフだけになった局では番組作りも何もできず、韓国から仕入れたコンテンツを朝から晩までひたすら流しているだけだった。どこの局も、同じような状況らしい。局によって、韓国人の代わりに中国人が入り込んでいる程度の違いしかないという。美和子が、帰国して最初に泊まったホテルで見た韓国語放送と中国語放送は、単純に無能集団の成せる業でしかなかった。これで、まともなスポンサーが付くはずもなかったが、民主党が民法各局に莫大な公的補助を出すことを決めたおかげで、給与水準は以前と変わっていなかった。

 

これが、祐介の言う異常な局の実態であり、かつ、マユミの称賛する素晴らしい職場であった。

 

美和子は、マユミの後からミーティング・ブースのテーブルについた。
座るや否や、書類を広げてマユミが話し始めた。
「ねぇ。これを見てちょうだい。民主党の大訪中団のパンフレットよ」

 

パンフレットの表紙には、五星紅旗の赤地に『2011民主党代表と行く大訪中団。8.15中国共産党主席との大晩餐会』の黄色い太文字が躍っていた。

 

「私、これに同行取材することになったのよ」
「民主党の大訪中団?」
美和子は訝しげにマユミを見て言った。
「そうよ。大訪中団は民主党が政権交代した直後にもあったけど、今回はさらに大規模なのよ。党の幹部と議員は全員行くわ。それに多くのKカード保持者が招待されるの。総勢3000人の大移動よ」
「3000人・・・」
「そうよ。飛行機のチャーターだけでも大変なものだわ。美和子は、Kカードをまだ取得してないから残念ながら今回の同行取材は無理なんだけど、私の取材の準備を手伝ってくれないかしら?美和子は、前に局にいた時に何度か北京を取材してるわよね。その時と比べて現在の北京はずいぶん変わっているでしょうけど、わかる範囲でいいの。下調べに手を貸してちょうだい」


マユミは、8月15日に民主党幹部と議員が中国を訪れることの意義を滔々と語った。

 

まるで得意の絶頂にいるかのようだったが、美和子には本来眩しいはずのマユミの姿が儚いものに見えた。

 

 


>>>> つづく

「夫婦別姓」と「戸籍制度廃止」 (13)

前回】のつづき>>>>

 


「先輩が欲しかった情報にどういう意味があるのか、きっと答えてくれないでしょうから聞かないでおくわ。それにしても、先輩が欲しい情報がすでに手に入ったのなら、私が局に戻って仕事をする必要はないんじゃないかしら」
美和子は、君江の手料理を頬張りながら、気のないふりをして祐介の本心を探ってみようと試みた。久しぶりの家庭の味に、気持ちが和む。祐介も、うれしそうだった。


「君も、なぜあれだけ無能な民主党が政権を取れたのか興味あるだろう。民主党政権実現のために、マスコミがどういう役割を果たしていたのか、局の中で仕事をすれば数日で理解できると思うよ。マスコミは以前から狂っていたけど、君のいない6年間に、どれだけ異常さが増したか確認してくるといい」
「以前から狂っていただなんて、その言い方はひどいと思うわ」美和子は、反発した。

「内部にいた君には同意できないだろうけど、僕ら受け手からすればずっと狂っていたさ」
祐介はニヤリとして美和子を見た。
 

「日本のテレビ局は、昔からどこも横並びだったろう。どこの局も同じ時間帯に同じものを流してる。ニュースの時間帯といえば、どこを見てもニュースばっかり。ドラマの時間帯にはドラマ。ワイドショーの時間帯はワイドショー。視聴者には選択肢がほとんどない。視聴率を稼ぎたい局の都合だけ。挙句に大きな事件が起きれば、どこも同じような映像ばかり一日中垂れ流す。局が複数存在する意味が全然ないだろう。そのくせ、自分たちの横並びを棚に上げて、一般の業界や省庁などの横並びを批判している。異常だと思わないか?それに、」
美和子が何か言いかけたが、祐介は続けた。

 

「論調が全局同じというのも異常だよ。特に第二次大戦における日本の評価なんて、すべての大手マスコミが全く同じ。中国や韓国の主張なら嘘でもなんでも同調して、とにかく日本を批判してさえいれば安心してる。反論されたら自信を持って議論できないことの裏返しなんだろうけど、そんなことアメリカで通用するかい?」
「それは、しょうがないわ。日本とアメリカでは、立場が全然違うもの」
美和子は気色ばんだ。

 

「終戦から何十年たっていると思うんだ?君の頭の中では、いまだに日本はGHQ占領下か?アメリカでも、報道の立場は様々だろう。君たちマスコミも、いつまでも占領下気分で甘えていないで、一人前にアメリカの批判でもしてみたらどうだったんだ?全くできていなかっただろう」
「そんなことないわ。沖縄での米兵による女児暴行事件では、マスコミは一丸となって基地反対住民と戦ったわ」
「あれは沖縄で基地を提供している日本政府を批判しただけだろう。それに、どうして近年発生した事件だけを取り上げるんだい?どうして、戦時中のアメリカの非人道行為を正面から批判しないんだ?」
祐介は、美和子をわざと追い詰めるように問いかけた。

 

「当然だわ。だって戦争を起こした日本の責任ですもの」
「責任云々の話じゃない。そんなことは講和条約が結ばれれば消滅する。綺麗サッパリ忘れていい。どちらが戦争を仕掛けようが、どちらが勝とうが負けようが関係ない。戦時中に行われた非人道行為は、どちらが起した事であれ将来の教訓として正面から取り組むべきだろう」
「当然よ。だから私たちは、日本が起こした数々の非人道行為を取り上げてきたわ」
「だから、なんで日本が起こしたとされている事件ばかりなんだ?アメリカや中国が起こした事件も沢山あるだろう。なぜそこに斬りこまない?海外からの批判がそんなに怖いのか?」
「ち、違うわ!日本人は、今後絶対に戦争を起こしてはいけないのよ。何があっても戦争はだめなのよ。日本人全員が戦争に対する罪悪感を持たない限り、戦争はなくせないわ。私たちは、日本人が二度と戦争を起こさないように、そう願って、平和を願って報道を続けていたのよ。多少、話に誇張があったとしても、それも平和のためよ。戦争を起こさせないためよ!」
美和子は、一段とトーンを上げてまくしたてた。祐介は、フフッと笑った。
「何?何がおかしいの?」

 

「君は、局に入ってずっとそれが正しいと教育されていたんだろうけど、君らがやっていることは洗脳だよ。マスコミが最もやってはいけないことだ」
「そんなことないわ」
「いや。君は今、日本人に戦争を起こさせないために罪悪感を持たせる報道をしたと言ったね。しかも誇張も交えて。つまり、ウソだ。君らは、それが平和目的のつもりかもしれない。だが、戦前のマスコミが戦争を煽っていたのと同じ過ちを繰り返していることに気付かないか?」
「どういうこと?」
「マスコミが扇動して日本人全体を同じ考えにする。正に全体主義だよ。これこそファシズムだ。いいかい?社会の安定を保つには様々な考えがなくてはならない。それがバランスを保つことだ。だが、全員が同じ思考を持っていたら、正しい道だろうと間違った道だろうと、疑問を持たずに全員が同じ方向に進むことになる。」
「そんなことないわ。日本人さえ罪悪感を持って国際社会に貢献していれば、戦争は起きないのよ」
「君は、日米戦争を起こしたのは日本だと言いたいのかい?」
「当然よ。真珠湾攻撃を仕掛けたのは日本ですもの」

 

「オーケー。じゃあ、それが原因だとして、アメリカが対日戦に参加するのは理に適っているけど、ヨーロッパ戦線に参加したのはなぜなんだ?別に日本と戦争を始めたからと言って、ドイツと戦争する必要はないだろう」
「それは、日本がドイツと同盟を結んでいたから」
「はっは!同盟を結んでいたら、同盟国すべてと戦争しなくちゃいけないのか?ドイツがアメリカ大陸にまで空襲に来たって言うなら話はわかるよ。でも、あの当時アメリカがドイツに危害を加えられる可能性は、ほとんどゼロだった。にも拘わらずアメリカは、わざわざヨーロッパ戦線に兵を送って、数十万もの犠牲を出したんだ。なぜだ?」
「しょうがないわ。ヒトラーという独裁者が暴虐の限りを尽くしていたんですもの」
「だとしても、アメリカ人の若者の血を流す理由にはならないだろう。そもそも、自分で闘おうとしない腰ぬけのフランス人のために、アメリカ兵がノルマンディーに上陸して血を流すなんて割に合わない話さ。フランスがドイツ帝国の支配下に置かれたからって、アメリカは経済的にも外交的にも全然困らないだろう」
反論しても、反論しても、祐介は攻めてくる。美和子の表情に困惑の色が浮かんだ。

 

「やれやれ。君らは、情緒的なこと以外全く頭にないんだね。これじゃ、いつまた戦争が起きても可笑しくないよ。もっと実利的な側面から情勢を観ることはできないのかい?」
「実利的って・・・。そうね。あの戦争に勝つことで、アメリカは戦後のスーパーパワーの地位を築いたんだわ」
「やっと理性的な回答が出たね。戦争で助けてやって恩を売る、か。まあ、悪くないけど、それでも何十万もの血を流すほどの価値はないと思うよ。放っておいてもアメリカは、圧倒的な経済力と技術力で戦後のスーパーパワーになれたし、その程度の予測はできていたはずだ。アメリカが参戦することで、却ってソ連と中国を利することになって戦後の冷戦状態を生んだんだ。決して、いい結果だったとは言えない」
「ええ、確かにそうね」美和子は、テーブルの上を見つめながら力なく返事した。

 

「世の中の事象の起こる原因は、必ず複数ある。ところが、君らマスコミは事象の原因を必ず一つにしたがる。つまりは犯人探しだ。これが原因だ。こいつが悪い。そうやって悪者を作って物事を単純化しようとする。マスコミの本当に悪い癖だ。いいかい、例えば戦争。本当に原因が一つなら、外交で回避できるはずなんだ。それでも敢えて戦争に踏み切るのは、当事国にとって無視できない複数の要因が存在するからだ。単純に日本が悪い、日本さえ謝っていれば戦争は起きないなんてことは絶対にないんだよ」

 

「いいかい。アメリカは全くの実利的な国だ。得にならないことでは絶対に動かない。結果的に悪く転ぶこともあるけど、最初から損すると思って行動はしていない。第二次大戦におけるアメリカの利害は複数ある。まず、中国進出に出遅れたアメリカにとって日米戦争に勝つことで、日本が中国に持っていた利権がアメリカに転がり込んでくるはずだった。だが、世界の潮目が植民地独立の流れに変わってこの目論見は外れた。次に、ヨーロッパ戦線。確かに、イギリスとフランスに恩を売ることができた。だが、ソ連を引き込んだことで戦後得られる利益が半減したと言っていいだろう。ある意味、アメリカは全くのバカを見ることになったんだが、アメリカが本当に参戦したかったのは太平洋戦線ではなくてヨーロッパ戦線だ。英仏にヨーロッパ戦線に参戦する約束をしてから、日本との開戦の方法を模索している」

 

祐介の饒舌に、美和子はついて行くのがやっとだった。

 

「実は、アメリカは英仏に対して莫大な債権を持っていたんだ。つまり、英仏がドイツに敗れればアメリカの持っていた債権は取り立て不能になりかねなかった。ヒトラーもそのことは熟知していた。だから、対米債務を増やそうと努力していたんだが、十分な借金ができる前に戦争に突入してしまった。この事実を現代の日本に応用して考えたらどうなる?」

 

「どうって?」


 

「君は、怖くならないのかい?日本は世界一の債権国だ」

 

 


>>>>つづく

 

 

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「夫婦別姓」と「戸籍制度廃止」(12)

前回】のつづき>>>>

 

 


「美和子が帰ってきてくれるなんて、本当に嬉しいわ」
越善マユミは、以前より幾分濃い目のメイクを施した目を、眩しそうに細めながら微笑んだ。

 

テレビ局近くのカフェは以前と変わりなく営業していたが、テラスのテーブルは夏も盛りになろうと言うのに閑散としていた。普通なら、採算がとれずに閉店するような状況でも続いているのは、この店が民主党政権による新体制の受益者であることを物語っている。
活気のまるでなくなった街の中で、派手目のキャリアウーマン風ファッションを身にまとい、自信に満ちたポーズをとるマユミの周りには虚しい空気が漂っているように見えた。

 

「何年ぶりかしら?」
「6年よ」
「そんなに前だった?じゃあ、きっと局を見たら驚くわ。何もかもが変わっていて。素晴らしいわよ」
「素晴らしい?」
美和子は、訝しんだ。
ホテルでテレビを見た時、NBSは韓国語放送しかしていなかった。社会に役立つ報道が使命のはずなのに、日本社会の大多数を占める日本人が見て役立つ番組を一つも流していない。アメリカの報道でもマイノリティへの配慮は重視されていたが、公共の電波を使ってこのようなことをすれば放送免許が剥奪される。

 

「局がどう変わっているかは、戻ってきてもらえば分かるから。楽しみにしていて」

 

美和子には、マユミの態度が鼻についた。
以前は、そんなことを感じることはなかった。6年の間に、自分が変わったのか、それともマユミが変わったのか。
それにしても、今朝祐介に頼まれてマユミに連絡を取って、その日の午後にこうして会えるなんて、閑職に回されているとしか思えない。

 

「そう。で、いつ面接に行けばいい?」美和子は、事務的に聞いた。
「それは必要ないわ。私が上司に話を通しておいたから。以前、局にいた時も優秀だったし、下野ゼミの優等生なら猶のこと大歓迎ですって」
「ちょっと。面接が必要ないだなんて、いくら私が以前在籍していた人間だからってイージー過ぎるわ。それともマユミは、そんなに出世しちゃったのかしら?」
「そうでもないわ。報道部長付きのアシスタントよ。」
「アシスタント?それじゃ、マユミは報道の最前線から退いたってこと?」
「今の体制では、報道の最前線より上よ。特別な功績が認められたのよ」
「特別な功績?」

 

マユミは、意味ありげに美和子に視線を向けながら、局の入管証を首からはずし、テーブルの上で裏返して見せた。

 

昨日、寺坂君江が見せたIDカード、納税者登録証明証と同じデザインだったが、赤と青の縁取りがあった。
ID番号は「K」で始まっている。

 

「マユミ、あなたまさか?」
「Kカードよ。私も特権階級の仲間入りしたのよ」
「特権階級ですって?」
「Kカードは、在日コリアンと民主党政権実現に功績のあった日本人しか取得できないのよ。私は一昨年、前政権の大臣を辞任に追い込んだ功績が認められて取得できたの」
マユミの態度は、一層鼻に付くものになった。
「辞任だなんて、どうやって・・」
「大臣の国際会議に取材で同行したのよ。チャンスを窺って薬を飲ませて、会議で大失態を演じさせたの。それは、ものすごい反響だったわ。おかげで大臣は辞任して、その後の衆議院選挙はあの通りの結果でしょう。それ以来、私は局でもジャンヌ・ダルク扱いよ」
夏の日差しを仰ぎながら、マユミは誇らしげに笑った。
「そんな真似、マユミの考えでやったの?」
「いいえ。トップからの指示よ。局のオーナーから直々に話があって、何人かが実行に携わったのだけれど、成功したのは私だけ。すごいでしょう」
大臣に海外で恥をかかせて誇らしげになっているマユミを、美和子は異生物を見るような気持ちで見た。

 

美和子は、遠くを見つめた。
以前の美和子なら、局のオーナーから同様の指示を受けたら迷わず実行していたかも知れない。得意になっているマユミに違和感を感じさせているのは、アメリカ滞在の6年間だ。

 

自国の大臣を海外で陥れる。

 

アメリカでも、マスコミが敵対する政党の要人の足を引っ張ることはよくある。だが、すべて国内での事案だ。たとえ敵対政党の大臣であっても、海外で失態を演じさせるのは国の威信に拘わる。絶対にありえないことだった。

 

―― 国の威信なんて言葉が浮かんでくるなんて。

 

下野教授のゼミにいたころは、そんな言葉に反発すら感じていた。
そして、マユミも美和子も、特権階級などという言葉には拒絶反応すら示していたはずだ。
美和子は、力のない微笑みを浮かべた。

 

「ねえ、美和子。他ならぬあなたのためなら、私からKカードを取得できるように取り計らうわ。あなたには、その資格が充分にあると思うもの。是非、そうしなさいよ」

 

マユミの言葉に、美和子はハッとした。
矢頭祐介の言ったとおりだ。
「ええ、そうね。もう少し落ち着いたら考えるわ」
美和子は祐介の言葉を思い出し、言葉を濁した。

 


    *  *  *

 


マユミの手配したタクシーを降りると、ビルの下で与一が待っていた。


「おねえさん。母さんが、うちでご飯食べて行けって。矢頭さんも来てるよ」
そう言うと、与一はエレベータを使わずに階段を駆け上がった。美和子も、与一の後に続いた。

 

与一たちの部屋に入ると、寺坂君江はテーブルの準備中だった。
「おかえりなさい。すぐに、食事の準備ができるわ」
「ありがとうございます」
中に入ると、祐介が奥のソファに腰掛けていた。
「就職おめでとう」
祐介は、立ち上がって美和子を手招きした。美和子は、祐介の隣に座った。
 

「まるで見てきたように言うのね。確かに就職できたけど」
「君が連絡を取ったら、越善さんが仲間に引き入れるのは分かり切っていたからさ。それで、Kカードの取得は勧められなかった?」
「早速、勧められたわよ。バカバカしい。先輩に言われなくても、あんなものお断りだわ」
「そう?君なら彼女と同様に、喜んで取得したがるかと思ったんだけど」
「冗談言わないで!私は、フェミニズムに傾倒していたけど、自分が特権階級になるなんて私の考えるフェミニズムとは全然違うわ。私は、マユミみたいに大臣を失脚させた功績を買われたとしても、そんなもの断るわ。見損なわないで」
「大臣を失脚させた功績?」
祐介はニヤリとした。
「なんだか知らないけど、そんなこと言ってたわ。なんでも局のオーナー直々の命で、大臣に薬を盛ったんですって。あんなこと得意気に話すなんて、マユミはどうかしてるわ」

 

アハハハハハハハハハ・・・

 

祐介が突然笑い出したので、美和子は目を丸くした。
「何?先輩、どうかしたの?」

 

「ごめん。何でもないよ」
笑いを押さえながら、祐介が言った。
「君は、本当に優秀だよ。欲しいと思っていた情報をこんなに早く入手してくるなんて。さあ、食事の支度ができたみたいだ」
祐介は、美和子をエスコートした。


 

美和子は、祐介の笑いの意味が分からないまま席についた。

 

 


>>>>>つづく

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