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世界最大の百万都市「江戸」

江戸が、当時世界最大の百万都市だったという話はよく聞くと思います。

 

この数字の根拠は、江戸幕府がおこなった町人の人口調査に基づくもので、それに武家・寺社の推定人口をプラスしたものとなっています。

ところが、武家・寺社の人口が推定である事実を指摘して「信用ならないニダ!」「江戸百万都市は嘘っぱちニダ!」という反論がよく起こるそうですので、江戸の人口調査についてちょいとばかり。

 

江戸時代に初めて人口調査が行われたのは、徳川吉宗の治世で享保六年(1721年)のことです。

この時、調査された対象は町人のみで、男が三十二万三二八五人、女が十七万八一〇九人で、合計五十万一三九四人でした。

町人の女性の人口は、男性の人口の約半分でしたが、その後、この差は徐々に縮まり、幕末の頃には男女半々ぐらいになりました。

 

さて、この五十万千三百九十四人の町人に、武家・寺社の推定人口六十万人を足すと、享保六年の江戸の総人口約百十万人という数字が算出されるわけです。では、なぜ町人の人口をヒトケタ単位まで調査しておきながら、武家・寺社の人口は推定なのかという話です。

 

まず、寺社については、寺社奉行の管轄ですので寺社奉行任せです。

大勢に影響を及ぼすほど坊主の数は多くないので、幕府が細かく調査する必要性はなかったと思われます。

 

次に、武家ですが、江戸に住んでいる武家階級といえば、旗本・御家人とその家族、大名の妻子、それらの家来とそのまた家来とその家族などです。

旗本・御家人の数は、幕府直属ですので調査する必要はありません。

また、大名が江戸に置かなければならない妻子(人質)も、届け出られているので調査する必要ありません。

 

家来の数ですが、大名や旗本などの石高や禄高によって、雇わなければならない家来の最低数が決められています。

また、大名や旗本に仕える武士であっても、禄高がある程度以上あれば家来を雇わなければなりません。

決まった数の家来を雇わないのは御法度で、改易にもなりかねませんから、決められた最低数は存在するはずです。

そもそも禄高自体が、何人扶持という基準で決められるものですので、江戸の札差で取引される総石高から家族を含めた武家人口をある程度逆算する事も可能です。

 

このような理由から、幕府にとって江戸の武家の人口調査は実施する必要性がなかった、というより江戸の武家の人口構成は「幕府様が決めるから、それに従え!」に近かったと言えます。一方、町人の人口調査は、地方からの流入の把握や、治安維持、飢饉対策など、行政上の必要性もありました。

 

町人の人口は、元禄の頃に約三十五万人いたとされ、調査が定期的に行われた江戸中期から後期にかけては四十五万人から五十万人の間で推移していますが、武家の人口は、江戸時代一貫して寺社と合わせて推定人口六十万人という数字が使われます。

 

十九世紀初頭のロンドンの人口は八十六万人、パリが六十七万人でしたので、江戸の百万都市は確かに世界最大だったわけです。

 

 

 

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誤訳の世界

豪州に、カンガルー伝説というのがありまして、

昔、西洋人がカンガルーを指して「ありゃ何だ?」と尋ねたところ、現地人が「わからない」と答えた。

それで、カンガルーは、現地語で「わからない」という意味だというんですが、これはウソです。

 

カンガルーは、カンガルーの一種を指すあるアボリジニの一部族の言葉です。

アボリジニは多くの部族に分れていて言語も異なります。

おそらく、最初に「カンガルー」という名前を教えてもらった西洋人が、別の部族に「あれカンガルーってんでしょ」って聞いたら「なんだそれ?」と言われ、「カンガルー=わからない」伝説が誕生したのではないかというのは、何の根拠もない私の憶測です(笑)

 

似たような伝説は、日本にもありまして錫メッキの金属板を「ブリキ」と言いますが、昔、日本人がレンガを包んだブリキを指して「これ何?」と聞いたところ、英語ネイティブの西洋人が中身のレンガのことと思い「Blick」と答えたと言う話です。

しかし、これもカンガルー伝説と同じような俗説という話もあり、ブリキが江戸時代にも知られていたことからオランダ語の「Blikje=錫板」が語源とも言われています。

 

「天津甘栗」なんてのも実は大きな勘違いでして、中国の天津は栗の産地ではありません。

栗はもっと奥地から運ばれてくるのですが、積み出し港が天津で輸入した木箱に「天津」と書かれていたので、「天津甘栗」という名称で売られるようになりました。

ところが今どきの中国へ行くと、なぜか「天津甘栗巧克力」(天津甘栗チョコレート)や「天津甘栗冰淇凌」(天津甘栗アイスクリーム)などが売られており、オイオイ間違いを逆輸入してどうするという状況になっています。

しかし、天津甘栗の由来を説明しても、中国人自身あまり地理には興味が無いらしく、天津甘栗でも違和感ないし、日本人観光客に売れるし、ブランド名として全然おっけーと言う始末。

 

勘違いではないのですが、輸送方法によって名称が異なる商品が日本にもあります。

御存じ「伊万里焼」と「有田焼」です。

江戸時代、船で出荷していたため積み出し港の名前を採って「伊万里焼」と呼ばれていましたが、鉄道が発達し有田駅から出荷されるようになると「有田焼」という名称が生まれました。現代の作品でも、美術品に分類されるものは「伊万里」と呼んでいます。

 

意外と知られていないのが「プリン」の語源です。

プリンは英語の「Pudding」が訛ったものという俗説が広まっています。

少し英語をかじった人など「Puddingは間違い!Caramel custardが正しい!」と得意げに言う人もいます。

実は、プリンの語源は、ドイツ語のPuddingです。

ドイツでは、日本で言うところの卵と牛乳とカラメルを使ったあのプリンをPuddingと呼んでいます。

明治時代にドイツから、レシピとともにPuddingの名称が日本に入ってきて、プリンという日本語になったというのが正解です。食感も、プリンプリンしているので、「プリン」という名称は最適でしょう。

 

 プリンや天津甘栗レベルなら誤訳や誤解も御愛嬌ですが、国際社会における日本の地位に悪影響を与える誤訳となると見過ごすわけにはいきません。

 その手の誤訳で最も知られたものといえば、「A級戦犯」でしょう。もともとの、極東軍事裁判の文書には以下の表現しかありません。

 

 (a) Crimes against Peace

 (b) Conventional War Crimes

 (c) Crimes against Humanity

 

どうみても単なる分類で、強いて訳すなら「A類、B類、C類」でしょう。

 

これを、どこのバカ翻訳者か知らないが「A級、B級、C級」などと、あたかも犯罪の重大さを表現する種別であるかのような誤解を、日本国中に広めた罪は重いです。更に、現代のバカ翻訳者がバカの上塗りで、「Class-A, Class-B, Class-C」などと英訳し、以前は海外の文書に見られなかったこの表現が、最近ではあちらこちらに散見されるようになりました。因みに中国では、「甲級、乙級、丙級」と日本語から直訳されています。

 

江戸時代の出島の通詞なら切腹ものの「戦犯」です。

 

 

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「夫婦別姓」と「戸籍制度廃止」(9)

前回】の続き>>>>>

 

 

 

美和子は、祐介に教えられた住所に向かって歩いた。

今になって気付いたが、街の中は活気が全くない。まるでゴーストタウンのようだ。荒んだ空気さえ感じられる。

祐介からは、できるだけ表通りを歩くように言われた。裏道には、絶対に入るなと。

そんなに治安が悪化しているのだろうか。

 

この街は、比較的新しく造成された住宅地に隣接していたから、子供のいる家庭が多かったはずだ。

以前は、この時間なら帰宅途中の中学生や高校生たちが、駅前を賑わしていた。

今は、学生服を着た若い子は一人もいない。

 

どうなっているんだろう。

 

ふと、後ろから誰かに付けられているような気配がした。

祐介は、人に付けられても気づかぬふりをして、表通りをずっと歩いて行けと言った。

表通りを歩いている限り大丈夫だからと。

 

美和子は、祐介に言われた通り、気にせず歩いていこうとしたが、後ろから聞こえてくる足音は複数だ。

三人ぐらいいるだろうか。しかも、どんどん近付いてくる。

心臓が高鳴った。気にするなと言われても、全身に心拍が響くほど緊張する。

走ろうにも、スーツケースが邪魔だし、よしんば走ったとしても一瞬にして襲われそうな気がする。

 

どうすればいいの?

 

美和子は、顔面に冷たい汗が流れるのも構わず必死に歩いた。

 

交差点の近くまでくると、突然、横道から少年が現れた。

「ひゃ!」美和子は、心臓が止まるかと思うほど驚いた。

 

「ねえ、おねえさん。お金恵んで」

少年は、ケロっとした表情で右手を出した。

 

「な、何を言っているの?」

「ねえ、お金ちょうだいよ」少年は、手を出したままだ。

額から流れる汗。高鳴る心臓。震える足。目の前の少年。何がなんだか分らないまま、美和子は絶句して立ちすくんだ。

すると、後ろを付けていた男たちのチッという舌打ちと、引き返す足音が聞こえた。

美和子は、後ろを振り向いた。三人の男が立ち去っていく姿が見えた。

 

「よかったね」少年はウィンクした。

「あ、助けてくれたの?」美和子はまだ、震えている。

「矢頭さんのお友達でしょ。母さんに言われて、ここで待ってたんだ。案内するよ」

少年は、美和子の前をスタスタと歩いた。

「あなたは?」

「僕?与一。僕の母さんが、矢頭さんたちに助けてもらって、これからおねえさんが住むビルに住んでいるんだ」

「そう。あの男たちは?」

「ああ、あれは特権階級だよ。」

「特権階級?」

「うん。民主党政権になってから、外国人とかが特権階級になってやりたい放題なんだ」

そんな馬鹿な事が起こり得るのだろうか。美和子には、信じ難かった。

「おねえさん、危ないから一人で出歩かない方がいいよ。出かける時は、僕の母さんに言ってくれれば、僕か僕の友達がついて行くから」

「ねえ、日本全国、こんな感じなの?」

「その辺は、後で母さんか矢頭さんにでも聞いてよ。僕、政治の事はよく分らないし」

与一は、小柄な少年だが、物言いがハキハキしている。

 

「あなた、中学生?」

「うん。本来なら」

「本来なら?」

「父さんが、半年前に病気で亡くなってさ。相続税が払えなくて家を取り上げられちゃったんだ。それで、母さんは女性救済センターに放り込まれるし、僕は児童福祉センターに預けられてさ。でも、あんな所いられなくて飛び出して浮浪児やってたんだ。さっきのお金恵んでっていうの、あれ、しばらく本当にやってたんだよ」

ずいぶんと暗い経験を、与一は明るく話す。そういえば、女性救済センターのことを川村智恵子は「女性の地獄」と言っていた。何なのだろう。

「それでね」与一は続けた。

「ある時、母さんの知り合いだった川村さんに拾われて、矢頭さん達の世話になるようになったんだ。細かい事は、母さんに聞いてよ」

「でも、今は落ち着いてるんでしょう。学校は?」

「学校なんて、誰も行ってないよ」

与一は、可笑しそうに笑った。

 

「僕みたいに、家族がバラバラになっちゃって行けなくなる子もいるけど。そうじゃなくても、今は学校でまともな授業なんてやってないから。先生の組合が強くなっちゃって、サボって給料貰ってる連中ばっかりになっちゃったんだ。真面目な先生は、いろいろ難癖付けられて辞めさせられちゃったし。組合の先生と韓国人の先生ばっかりになったと思ったら、途端に派閥争いが始まって授業なんかやらなくなっちゃったんだ」

「でも、勉強しないと将来困るでしょう」

「大丈夫、矢頭さんたちがオンラインで、いろんな授業やってくれてるんだ」

「先輩達が?」

「うん。面白いよ。韓国人の先生から教わったことと、まるで違う事が分るから」

あの先輩、いつから慈善事業に目覚めたのかしら?美和子は、くすくすと笑った。

「あ、おねえさん。ここだよ」

与一は、表通りに面した雑居ビルの前で止まった。

 

このビルのオーナーも、あの「大石」という議員なのだろうか。 

祐介達が「作業」をしているビルもその議員が提供しているようだし。事業家のか、財閥なのか。

 

与一は、小柄な体で美和子のスーツケースを引っ張ると、狭いエレベータに乗せた。

美和子をエレベータに乗せると、「おねえさんの部屋は四階だよ」と言ってボタンを押した。

「僕と母さんの部屋は三階だから、何かあったらいつでも来て。じゃあ、僕はまた出かけるから」

 

美和子は、閉まりかかるエレベータのドアの隙間から、表通りに出ていく与一の背中を見送った。

 

 

>>>>>つづく 

 

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TOEICの企業秘密

隠居様のところでも取り上げていた、朝鮮日報のこの記事。

 

 

偽造文書行使し就職、103人を一斉摘発

http://www.chosunonline.com/news/20100727000054

ニセの大学卒業証書やTOEIC(国際コミュニケーション英語能力テスト)の成績表、家族関係証明書を使い、企業に就職した20-40代の103人が警察に一斉摘発された。

 

仁川警察庁は26日、中国の業者が作成した偽造文書を使って就職したチェ容疑者(37)ら103人を、公文書偽造の疑いで書類送検した。

 

 警察は「そのうち38人が企業に就職した。20代の求職者ばかりでなく、牧師や既婚女性なども偽造文書をさまざまな目的で悪用していたこと分かった」と説明した。・・・・・

 

 

 

相変わらず韓国らしくて安心しました。

そりゃそうと、ニセの大学卒業証書はともかく、ニセのTOEICってのが泣かせるね。

 

TOEICが、重要視されているのは、実は日本と韓国だけです。

受験者も、日本人が約7割、韓国人が約2割って、国際と銘打っているテストにしちゃあ奥多摩の国際マス釣り場みたいな寂しい状況です。

以前、日経新聞が「TOEIC平均、日本のしたは北朝鮮だけ!」みたいな煽り記事を書いた時に調べた割合だが、今も大して変ってないだろう。因みに、その他の国で受験しているのも、主に在外日本人だったりする。

 

TOEICは、北岡靖男ってオッサンがNPOを立ち上げて作ったんだが、「国際テスト」の箔をつけるためにアメリカのEducational Testing Serviceって組織に協力を依頼している。当初、英検があるから新しいテストなんかいらねーだろと文部省にイチャモンを付けられたという歴史もあります。

 

確かに、英検で物足りなければTOEFLやケンブリッジもあるし別に必要なかったんだけど、「英検じゃ本当の英語力は測れない」というお題目が英語信者や企業に受けてTOEIC全盛時代を迎えておりますwww

 

当初、TOEFLは留学向け、TOEICはビジネス向け、なんて宣伝していましたが、TOEFLは留学生向けなんじゃなくてTOEICなんて胡散臭いものは海外の大学じゃ通用しなかったというだけで、まあ、今でもそうですが。TOEICのスコアは日本企業の採用担当限定と考えて問題ないでしょう。

 

企業向けと謳っている割には、ボキャブラリのレベルが低くて、ビジネス用語なんざ殆ど出てきません。

以前、TOEIC満点というヤツに会計システムのエンジニア会議で通訳をやらせたら、Depreciation assetを価値下落資産とか訳されて腰を抜かしそうになりました。ビジネスマン向けのテストなら、償却資産って言葉ぐらいカバーしてくれww

 

英検一級に比べたら屁のような内容ですが、日本人の不得意なリスニングに重点を置いているので、企業人である中年のオッサンなんかだと反射神経の問題でなかなかハイスコアが出ないように「工夫」されていますww

 

逆に言うと、反射神経のいい中学生や高校生にリスニングとボキャビルを仕込めば、軽く800点ぐらいは出ます。

 

しかし、これはTOEICの企業秘密なので、表向きはあくまでもビジネス向け。

企業人のステップアップに、企業内での集団受験にと宣伝しながら、「漢検」よろしく儲けまくっているのであります。

 

 

 

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茶の話(10) うっかり、茶席に呼ばれたら・・・

茶会に呼ばれまして、ブログの更新をサボってしまいました。

 

茶会に呼ばれるのも何だかんだと一日仕事でございますゆえ、心地よい疲れが残っております。

お呼び下さる方も、幾日も前から趣向を考え、道具をそろえ、懐石の用意をし、と数日仕事でございますゆえ、お招きいただいた方が台無しにしては申し訳ありません。所帯じみた日常生活を引きずらぬよう、朝も早くから着物を着付け、心を落ち着かせてからお出かけするのでございます。

 

と言うわけで、今回は「うっかり、茶席に呼ばれてしまったら・・」でございます。

 

茶道には、お手前だけでなく客の心得もございますが、それを全部説明いたしいましても退屈極まりございません。また、頭の中だけで覚えてすべてを実践することはお奨めできませぬゆえ、普段、お茶をなさらない方が招かれた場合の最低限の心得を少しばかりお話いたします。

 

まず、服装でございますが、和服をお持ちでない方は洋装でも全く問題ございません。お持ちの方でも、黒留袖や振り袖などは、着物の格が高すぎて茶会に合いませんので避けましょう。また、普段着なれない方も、窮屈に感じることがございますので、無理にお召しになる必要はございません。

 

但し、ジーンズ、ミニスカート、短パンは、大変失礼に当たりますのでご法度でございます。

男性の場合は、ビジネススーツが無難でございますが、窮屈なのが気になる方は、ゆったりしたスラックスに襟付きのシャツ、セーターなどでもよろしいでしょう。

和装にしても洋装にしても、あまり派手な色合いやデザインのものは、茶席の雰囲気を壊しますので気をつけましょう。

指輪やネックレスなどのアクセサリーは、お道具に傷をつけるといけませんので外します。

 

次に、持ち物でございますが、絶対に忘れてならないのは、替えの足袋、洋装の場合は白い靴下でございます。

茶室の畳は、茶碗や菓子器をを置いたり致しますので、外を歩いた足袋や靴下は履きかえるのがエチケットでございます。

 

その他の持ち物としましては、通常、帛紗(ふくさ)、古帛紗(こぶくさ)、扇子、懐紙、菓子切りを用意しますが、お茶をなさらない方は招待を受けた時に道具を持っていない旨亭主に伝えておけば、先方で用意して頂けます。ですが、懐紙は持っておりますと便利でございますゆえ、一束持参なさるとよいでしょう。懐紙は、菓子を食べる時に乗せて使いますが、汚れた懐紙は小さく折りたたんで、懐紙の二つ折りの内側にしまうか、ポケットなどに入れて持ち帰ります。

 

訪問の時間でございますが、遅刻はいけませんので、早めに到着できるようにいたしましょう。

早めに着きますと、入って良いものかどうか迷うことと存じますが、門が少し開いていて地面に水が打ってあれば、「どうぞお入りください」の合図でございます。呼び鈴や声を掛ける必要はございませんので、そのまま入ってまいりましょう。

 

入っていきますと、まず最初に「寄り付き」という場所に入ります。ここは、待合い、袴付けとも呼ばれますが、連客と待ち合わせたり身支度を整えて、亭主の迎えを待つ所でございます。持参してきた、足袋や靴下はこちらで履き替えます。

 

ここで、他のお客様にご挨拶をいたしましょう。茶道は、礼に始まり礼に終わると言いまして、剣道や柔道も同じでございますが、ご挨拶さえ忘れなければ、失礼になる事はございません。その際「何も分りませんので、よろしくお願いします」とお伝えしましょう。その後、白湯や桜湯が出され、亭主が迎付にきますので、招待に対するお礼を述べ、また「何も分りませんが、よろしくお願いします」と予め無作法を詫びておきましょう。

 

ここまで来れば、もう安心です。後は、他のお客様の作法を真似るだけです。分らない事があれば、邪魔にならない程度に周りの人に訊きましょう。

作法がヘタでも、間違っていても、何の問題もございません。元々、茶道は作法や知識を競うものでもありませんし、知らない事を知ったかぶる方が余程無作法でございます。また、流派によって作法に違いもございますので、その場でお訊きするのが一番です。

 

作法、あるいはマナーとは、お互いに気持ち良く過ごすために出来たものでございます。人を思いやる心がございますれば、自ずと調子っぱずれな振る舞いをすることはございません。あとは、茶を頂いたり、道具を拝見する際に、下座の客に「お先に」と挨拶する事を忘れなければ充分でございます。

 

但し、遠慮しすぎて茶室で末席に座らないように気をつけましょう。ここに座る客を、末客あるいはお詰といい、拝見した道具を正客に返したりする役割がございます。戦さと同じで、しんがりは大変なのでございます。古参兵に任せましょう。

 

一つだけ、知識的なことを申せば、茶を頂く際に茶碗を回す動作がございますが、これは茶碗の正面を避けて飲むためでございます。茶碗は、茶をいただいた後に拝見いたしますゆえ、鑑賞のポイントとなる絵柄や釉薬のたれの部分が茶で汚れていては台無しです。正面を避けるため、手のひらの上で時計回りに約90度回して頂き、頂き終わったら飲み口の汚れをふき取り、正面が前に来るよう回して戻します。

 

 

と言うことで、茶席に呼ばれて忘れてならないのは、白い足袋(靴下)、人を思いやる心とご挨拶でございます。

 

 

 

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「夫婦別姓」と「戸籍制度廃止」(8)

前回】のつづき>>>>

 

 

 

背後で、ガチャリと音がして、ドアが開いた。
美和子が振り向くと、作業着姿の若い男が一人入ってきた。

 

「矢頭さん。ただいま戻りました」
男が言うと、祐介は立ち上がって出迎えた。

 

「どう?うまく行った?」
「はい。小野寺と大高がモニター続けてます」
男はすらりとした長身で、女なら誰もが振り返りそうな涼しい目元の面立ちだった。
「奥で、間瀬君が送り側の作業やってるから」
「はい」
祐介は、男をじっと見ている美和子に気付いた。
「どう?イケメンでしょ、彼。岡野君って言うんだ。ああ、岡野君、こちら松永美和子さん」
美和子は立ち上がって、挨拶した。
岡野は、軽く会釈をすると、そのまま奥の部屋へ入って行った。

 

「ごめん。イケメンにありがちな無口な奴でね」
そう言いながら、祐介はソファに戻った。
「イケメンじゃなくて職人にありがちな、でしょ」
美和子は笑った。
「ああ、そうだった」

二人で笑っていると、最前から作業を続けているうちの一人が祐介を呼んだ。
 

「矢頭さん、27番から画像が入りました」
祐介は、また立ち上がって作業者の傍に行った。
「ああ、川村さんが設置してくれたヤツだね」
「はい」
「いいアングルだね。音声は?」
「バッチリです」
作業者は、ヘッドフォンを祐介に渡した。
「川村さんは、いつもいい仕事してくれるね。じゃあ、いつもの通り頼むよ」
祐介は、ヘッドフォンを返すとソファに戻ってきた。

 

「ねえ、先輩。川村さんって、あの川村さん?」
美和子は、祐介が腰かけるや否や問い詰めるように言った。
「そうだよ。川村さんは、さっきの岡野君の恋人の父親の知り合いなんだ」
「ねえ、何をさせているの?何か危ないことに巻き込んでいるんじゃないでしょうね?」
「川村さんには、ビル清掃の仕事を紹介したんだ」
祐介は、おどけたような顔をして言った。
「ビル清掃が、画像や音声とどう関係あるのよ?」
「だから、詳しくは言えないって言ったろ。」
「だいたい、ビル清掃って何よ?川村さんは、お琴や生け花の師範なのよ。もう少し増しな仕事を紹介できなかった

の?」

 

祐介は、脚を組み直すと身を乗り出しワザとらしく声をひそめて言った。
「民主党政権下ではね、伝統芸能は弾圧の対象なんだ」
「まさか!」
美和子が声を上げると、祐介はまたニヤリとした。
「まあ、直接の弾圧はやらかしてないけど、間接的には相当破壊が進んでいるよ。」
「どういうこと?」
「伝統的な習い事の師範なんて、それほど儲かるものじゃないんだ。弟子の感性を磨くために、できるだけ良い道具を使おうとしたりして、どうしても持ち出しが多くなるし。だからと言って、あまり授業料を高くすると習う人が集まらなくなるから、本来の目的である芸事の伝承が難しくなる。安定した家庭にいて、時間に余裕のある人でないと無理なんだ」
 だから、勢い専業主婦とか隠居した老人なんかがやってたんだけど。民主党政権は、扶養控除を廃止しただけでなく専業主婦税も導入したんだ。それに消費税も100%だろ。おかげで、伝統的な芸事の師範なんてやってる余裕のある人なんて、ほとんどいなくなったよ。働かざる者食うべからずってのは、旧ソ連以来の左翼政権のモットーだからね」

 

女性の社会進出を是とし、専業主婦に批判的だった美和子には耳の痛い話だった。

 

「ボランティアに頼っていた福祉の現場なんかも大混乱さ。ボランティアをやる余裕のある人間はいなくなったからね。おかげで福祉施設の利用料金が跳ね上がって、利用者も困ってる」

 

祐介は、暗くなるなと言いながら、美和子の気が重くなるようなことをサラっと言う。

 

これまで、美和子が理想としてきた社会は、こんなものだったのだろうか。自分の思想は間違っていたのだろうか。少なくとも、自分が望んでいたことは一つ一つ実現されたはずなのに、こんなにも多くの人を不幸にしている。
川村家の家族に囲まれ、お琴や生け花を指導して、明るく輝いていた智恵子を思い出すとやるせなかった。妹の涼子の友人だという、あのなりすまし一家が関係していると智恵子は言っていたが、実質的に川村智恵子の生活を破壊したのは美和子の思想が実現化した社会だった。

 

「先輩。私、分からなくなってきたわ。私の思想は、間違っていたのかしら」
そう言いながら、美和子は固く目を閉じ、深いため息をついた。
「別に、女性の社会進出とか、女性の地位を向上させたいとかって考えることは間違いじゃないと思うよ。だけど、全ての女性を巻き込むのは、明らかに君の嫌悪する全体主義に他ならないだろう。他人の思想に巻き込まれるのはごめんだと言いながら、自分の思想に他人を巻き込むのはエゴだよ。生き方なんて、人それぞれなんだから」
祐介の言葉に、美和子は、もう一度深くため息をついた。

 

「まあ、こんな話はこれぐらいにして、君がこれから住むところを用意してあるから、そこで少し落ち着くといいよ」
祐介はそう言って、部屋の鍵と住所を書いたメモを渡した。
 

「住むところって、そんなことお願いできないわ。自分で住むところぐらい自分で探すわ」
「そう言うなよ。川村さんからお願いされたんだ。厳密に言うと、川村さんにお願いされた、岡野君の恋人の父親が用意した部屋なんだけど。このオフィスのオーナーでもあるし、僕らも全員世話になっているんだ。金銭的なことは、気にしなくていいよ」
「でも・・」
「その分、僕らはここで働いているし、他の場所に住んで100%消費税の上乗せされた家賃なんて払いたくないだろ」
そう言って、祐介は笑いながら部屋のカギとメモを美和子の手に握らせた。

 

「ということは、先輩たちは、その岡野君の恋人の父親って人の指示で、世の中を元に戻す作業をやっているわけ?その方は、どんな人物なの?」
うーんと、祐介は少し迷ったように唸った。
「彼はね、元議員なんだけど、例の大量逮捕で今獄中にいるんだ。彼のお嬢さんが、連絡役になって彼の考えたプランを実行しているんだ。僕は、岡野君に相談を受けて、このプロジェクトチームを作って作業を進めているのさ」

「元議員?誰?」

 


「名前は言えない。ここでは、僕と岡野君しか知らないんだ。便宜上、大石さんって呼ばせてもらってるけど」


 

 

>>>>つづく

 

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茶の話(9) 利休とソムリエ

先日、とあるレストランに参りまして、「こないだ飲んだ、あのウマウマなワインが飲みてー!」とソムリエ様にお願い申し上げました。

 

ソムリエ様といいますのは、どなたもとても優しいお方。わたくしの願いをすぐに叶えてくれるのでございます。

 

前回堪能したのと同じ、あのウマウマなワインのボトルを拝見させていただき、うん!と頷きますと、グラスにレンガ色の液体を注いでくださるのでございます。

 

と申しましても、わたくし、ただの飲兵衛でございまして、ワインの味など分る道理もございません。しかしながら、なぜか前回頂いた時のような感動的な香りと味が堪能できなかったのでございます。

 

そこで、不躾なわたくしはソムリエ様に申しました。

「本当にこのあいだのワインニカ?なんか味が違うニダよ!」(なぜかニダ言葉・・・)

 

そのようなおバカな質問にも丁寧にお答えくださるのが、一流のソムリエ様というものでございます。

 

「銘柄、ビンテージともに前回と同じでございます。」

 

ふーん、そうかなー・・・(ボトルを見せてもらっても、前回と同じものか確認できなかったヨッパライの寝言)

 

「お客様、ワインと申しますものは、その時、その時、味が異なるものでございます」

 

えー、そうなのー!

 

「湿度や気温といった条件もございますが、何よりもその場の雰囲気や一緒に飲まれる方など、お心を浮き立たせる要因があればこそ、ワインの味や香りに『感動』が生まれるのでございます」

 

えー、それじゃこの間のウマウマなワインは二度と飲めないわけー?!

 

「様々な条件を考えますと、同じ感動が二度生まれることはございません。しかしながら、新たな感動が生まれることはございます」

 

わたくし、この時初めて知ったのでございます。

 

ワインとの出会いも、「一期一会」であることを。

 

*********************************************

 

さて、「一期一会」と言えば、最もよく知られた茶の湯の禅語でございます。

 

平安末期に茶と茶の湯の作法が栄西禅師に持ち込みまれしたことから、茶の湯と禅は深いかかわりがございます。

当初、僧侶の間で親しまれた茶の湯は、禅宗と関わりの多い武家階級に広まりましたことは、以前ご説明申しあげました。

武家階級では、茶の銘柄を言い当てる「闘茶」あるいは「茶寄り合い」といった遊びの茶が大流行いたしました。

 

しかし、室町時代中期にもなりますと、幕府の財政難から武家や貴族の生活も困窮するようになり、このような派手な茶会は開かれなくなったのでございます。

 

その後、八代将軍足利義政の時代。銀閣寺や東求堂などを建て、自分の趣味に生きることを好んだ義政は、僧侶との付き合いが深まるにつれ茶の湯も楽しむようになったのでございます。

利休の弟子の記した『山上宗二記』によりますと、ある時、義政は身の回りの相談役であった能阿弥を呼び「世の中の遊びごとは、もう飽きたから何かほかに変わったものはないか?」と尋ねたそうでございます。すると能阿弥は「村田珠光という者が30年も前から楽しんでおります、茶の湯がございます」と答えました。

 

義政は、さっそく珠光を招き、茶の湯についていろいろと質問いたしました。

珠光は答えます。「茶法と言うものはただひたすら清くして、禅にそったものであって、それが茶法の極致であり、最も根本的な精神です」

 

義政が、茶の湯を楽しむようになりますと、これが一般にも広まり、町や寺の門前で一服一銭の茶を商う者まで現れました。

 

珠光の茶の湯は、それまでの華美に過ぎた遊びの茶に反して、簡素で落ち着いたものでございました。

この茶法は、後の武野紹鷗の「侘び茶」の出現に大きな橋渡しの役割を果たします。

紹鷗は、ちょうど珠光が亡くなった年に生まれ、歌道や香道などの教養を身に付けた後、珠光の弟子に茶の湯を学んだと言われております。こうして紹鷗は、珠光が理想とした草庵の茶を一層簡素にし、いわゆる「侘び茶」を始めたのでございます。

 

この侘び茶の精神を受け継いだのが千利休でございます。利休は「珠光に道を得、紹に術を得」と二人の侘び茶の先人を讃えております。

 

前出の『山上宗二記』に、紹鷗の言葉として「常の茶なりとも、露地へ入より出るまで一期に一度の会のやうに、亭主を可敬畏(うやまいおそれるべし)、世間雑談無用也(せけんのざつだんはむようなり)」と記されております。

 

これが「一期一会」の精神でございます。

 

これを、茶の湯の基本精神として大きく取り上げましたのが、幕末の大老、井伊直弼がまとめた「茶湯一会集」でございます。

井伊直弼と言えば、桜田門外の変で暗殺された開国派の幕臣として有名でございますが、直弼は若いころより茶の湯に傾倒し、大老職に就いた後も激務の合間を縫い茶会を催していたと言われております。

 

「茶湯一會集」には、このようにございます。

 

此書は、茶湯一會之始終、主客の心得を委敷(くわしく)あらはす也、故に第號を一會集(いちえしゅう)といふ、猶、一會ニ深き主意あり、抑(そもそも)、茶湯の交會は、一期一會といひて、たとへハ幾度おなし主客交會するとも、今日の會にふたゝひかへらさる事を思へハ、實ニ我一世一度の會也、去るニより、主人は萬事ニ心を配り、聊かも麁末(そまつ)なきやう深切實意を尽くし、客ニも、此會に又逢ひかたき事を辡へ、亭主の趣向、何壹つもおろかならぬを感心し、實意を以て交わるへき也、是を一期一會といふ

 

簡単に申しますと、そもそも茶の湯の会の交わりは「一期一会」と言って、同じ主客が何度会を持っても、今日のこの会は二度とない事を思えば、一生に一度の会。したがって、亭主は万事に心を配り、客もまたこの会は二度とないことを弁え、亭主の趣向をおろそかにしないよう誠意をもって交わるべきという、茶の湯の基本精神を述べておられるのでございます。

 

「一期一会」は、最も有名な茶の湯の言葉となっておりますが、大老の記した「茶湯一會集」の真意は、本当の一生に一度の機会を指しているのではなく、日常繰り返し行われる事の中に「一期一会」を常に意識すべし、つまり「二度とない今と言う時を大切に」ということにございます。

 

しかるに、この「日米「一期一会」の物語 福島テレビ・関口由香里アナウンサー」という記事に見られます「一期一会」という言葉の使い方は、いかなるものかと首をかしげざるを得ないのでございました。

 

近頃は、アナウンサーでも日本語の不自由なお方が増えておいでのようで・・・・

 

 

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むかし、むかし、あるところに

むかし、むかし、あるところに かんこくという くにがありました。

 

かんこくでは かんじを はいししてしまったため、ぶんしょうを ぜんぶ はんぐるで かくことになりました。

 

はんぐるで ぶんしょうをかくと むかし ちゅうごくから ゆにゅうしたかんごや

にほんから ゆにゅうしたわせいかんごが わけわからなく なりました。

 

とくに だいがくの りかけいの きょうしつは だいこんらん しました。

 

「すいそって なにニカ?」

「すいかの なかまニダ」

「ちがう、ちがう。すみその なかまニダ」

「そうだった、すまそ」

 

「そうたいせいりろんって なにニカ?」

「がっこうを そうたいしたいときに かんがえるりろんニダ」

「それなら、ウリはいつも そうたいせいりろんを じっせんしてるニダ」

 

<#`Д´> 

 

「ウリナラだいがくの がくせいは せんもんようごに よわいニダ。どうしたらいいニカ?」

 

そこで、きょうじゅは かんがえました。

 

< `∀´> -3

 

「そうニダ!えいごのてきすとをつかって えいごでこうぎするニダ」

 

そのご、かんこくのだいがくでは えいごで ぶつりやかがくの こうぎをするようになりました。

 

めでたし、めでたし。

 

 

+++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++

 

韓国のノーベル物理学賞受賞歴 ・・・・・ ゼロ

 

韓国のノーベル化学賞受賞歴 ・・・・・・・ ゼロ

 

韓国のノーベル医学・生理学賞受賞歴 ・・・・ ゼロ

 

韓国のノーベル文学賞受賞歴 ・・・・・・・・ ゼロ

 

韓国のノーベル経済学賞受賞歴 ・・・・・・ ゼロ

 

韓国のノーベル平和賞受賞歴 ・・・・・・・・ 1 

 

< `∀´> -3 誇らしいニダ

 

++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++

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「夫婦別姓」と「戸籍制度廃止」(7)

またまた、遅くなりましたが・・・

 

前回】のつづき>>>>>

 

 

 

矢頭祐介は、美和子の大学時代の一年上の先輩だった。

友人の少なかった美和子にとって、唯一と言っていい相談相手だったし、信頼も寄せていた。

 

「先輩、こんなところで何を?」

美和子は、いまだ狐につままれたような表情でいる。

「疲れたでしょ。まあ、そこにソファがあるから腰かけて。コーヒーでも淹れるよ」

 

美和子は、促されるままに腰かけた。

室内を見渡すと、パソコンやらサーバーやらが比較的整然と並べられ、その前に座って作業をしている人たちが5人ほどいた。

足元のケーブルは雑然としている。他に、テレビカメラなどの機材も置かれていた。奥の方にも別に部屋があるようだ。

 

祐介は、テーブルにコーヒーを置くと、美和子の目の前に座った。

「さあ、どうぞ。」

「ねえ、先輩。ここは、何なの?先輩の職場?何かのソフトでも開発しているの?」

美和子は、コンピュータを使った作業と言えば、編集しか知らなかった。

「ん・・・まあ、そんなところだね。詳しくは言えないけど」

「まさか、違法なことをしてるわけじゃないわよね」

「違法かもしれないよ。今の日本の世の中じゃ、何が違法になるか分らないからね。昨日、合法だったことが、今日、突然違法になっても全然不思議じゃないよ」

祐介は笑いながら言った。

「ちょっと、どういうこと。笑い事じゃないわよ」

「どういうことって、分らないかい?世の中、滅茶苦茶になってるでしょ」

 

確かに、自分の家族は失踪し偽物がなりすまし、川村さんのご主人は亡くなって家を中国人に乗っ取られ、消費税は日本人だけ100%になっている、そして・・

「先輩。私、ここに来る前に社民党の先生の事務所に行ったのよ。そしたら、もぬけの殻で」

「社民党は、もうないよ」

「え?」

「社民党だけじゃない。民主党以外の政党は、全部非合法化されてなくなったんだ」

「そんなデタラメなことができるの?」

「やったのさ。」

「だって、そんなことしたら国際社会からも批判が・・」

「批判どころか、称賛されたよ」

祐介は、笑っている。

 

「国会の定数是正ってニュース聞かなかったかい?」

「そういえば、衆議院の数を150議席減らしたとか」

「改革が進んだって、海外じゃ評判だっただろう。そのあとで、参議院も半分に減らしたんだ」

「でも、どうやって」

「あの議決の前に、国会議員が150人近く痴漢容疑で逮捕されたってニュースは、海外では流れなかったのかな?」

「痴漢?聞いたことないけど・・・・」

美和子は、話についていけなかった。

150人もの国会議員が一度に痴漢容疑で逮捕。そして、民主党以外の政党が非合法化。

いったい、どこの世界の独裁国家なの?異常過ぎるわ。

 

「日本は、痴漢で男を逮捕するのは簡単だからね。疑われたら、当分の間留置されるし、その間に職を失ったりなんてのは、もうだいぶ前から常態化してるから。都合の悪い人間を陥れるには、一番の手だよ」

祐介は、まだ笑っている。なんだか、美和子の反応を楽しんでいるように思えて不愉快だった。

「他政党の男性議員がほとんど逮捕されて留置されている間に、定数是正を決めたのさ。女性議員を残しておいたのは、他政党の議員も審議に加わったと言う実績を作りたかったからだろうな。そうして、議席を減らして、さらに他政党を非合法化する法案を通して、民主党以外の議員を全部国会から追い出したんだ。あとは、独裁でやりたい放題だよ。消費税100%とかね。」

「あれは、一体なんなの?私もホテル料金を二倍払わされたわ」

「あれ?君には、そのことについて不満を言う資格はないかも知れないな」

まただ。祐介は、信頼のおける人間ではあるが、昔から美和子の真面目さをからかうような悪い癖がある。

「去年、民主党の官房長官が、日韓条約を無視して戦後の個人賠償をするって発言した時、君は彼を支持するってメールで知らせてきたよね。消費税100%はその賠償のためさ」

こういうふうに美和子の痛い所を突いてくる癖も昔から変わっていない。

 

「それにしたって、そんな大金が必要なはずないわ」

美和子は、少し不機嫌な口調で言った。

「韓国では、これに備えて日本からの賠償を子子孫孫受け継げる法律を作ってたから、賠償は永遠に終わらないんだ。それに民主党幹部へのキックバックも必要だしね。消費税は、今年中に200%に値上がりするし、年々100%ずつ上がっていくんじゃないかな」

「どうして、そんなに」

「当然さ。すでに終わったはずの賠償を韓国だけにって訳にいかないからね。中国政府も個人賠償を請求して来てるし、アメリカの退役軍人も請求を決めた。イギリスや、オランダ、フランスもこれに続くし、ロシアなんか日露戦争の賠償まで検討してるからね。これから際限なく増えていくよ」

祐介の口からは、信じられない言葉が次から次へと出てくる。

 

「でも、そんなこと続けていたら、日本は壊滅するわ。民主党は何を考えているの?」

「まあ、自分たちの懐が金で膨れたら、後は野となれ山となれだろ。カリブ海あたりの島で優雅に暮らすことでも考えているんじゃないのか?」

「いくらなんでも、自国民にそこまでダメージを与える政党なんてあり得ないわ」

「あり得ないことをやるのが、民主党さ。去年の、口蹄疫の対応を見ればわかるだろう。口蹄疫の初期段階の一番重要な時に、農水大臣がカストロ会いたさにキューバへ出かけてて不在。県から援助要請があっても三週間も放っておいたんだ。当時の首相が対策本部を設置したのは、県の要請があってから24日目だからね」

この件については、美和子もアメリカの新聞で読んでいたが、民主党の対応に問題があるような記事は見当たらなかった。

「それでもまだ、非を認めて対応すればましだよ。その非を認めたくないがために、県の責任を強調して不必要な殺処分まで迫ったんだ。必要ない事をやれと言われれば誰でも抵抗する。それを、マスコミを使って県の身勝手で日本全国に迷惑をかけているという印象操作をやったのさ。それに騙された国民もいたし、あの県が選挙で民主党に協力的でなかったことが、ああいう仕打ちに繋がったと別の県の畜産業者たちは考えて、参院選で民主党に協力したのさ。」

 

美和子は、鉛の重しで打ちのめされたような気分になった。

 

「まあ、そんなに暗くなることはないよ。夫婦別姓、戸籍制度廃止、外国への戦時賠償、すべて君が望んでいたことじゃない」

祐介は、また意地の悪いことを言った。

「先輩って、本当に意地悪!」

美和子は、祐介を睨みつけた。

それにしても、この余裕のある態度は何なのだろう?

 

「先輩は、ここで何をしているの?」

「詳しくは、言えないって言ったろ。まあ、君を信用してここに招いたわけだから、少し話すけど。世の中を元に戻す作業かな」

「作業?」

 

「そう、僕は社会運動家じゃないから、活動とかそういう言葉嫌いなの。職業柄、作業が一番合ってるね」

 

 

 

>>>>>> つづく

 

 

 

この小説は、フィクションです。実在する団体名・個人名および出来事などと同じものが登場しても、ただの偶然に過ぎない・・・・と自信を持って言える世の中を作りたい。 

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茶の話(8) 韓国茶道では、なぜ茶杓を使わないのか?

韓国茶道ファンの皆様、お待たせいたしました。

今回は、茶杓の謎に迫りたいと存じます。

 

では、茶杓とはなんぞやとおっしゃる方のために、簡単にご紹介申し上げます。

 

お点前を致しますとき、抹茶を茶入れや棗から茶碗へ掬い出すお道具が茶杓でございます。

 

  

 

茶杓は、一般に竹でできておりまして、シンプルな白竹、渋いすす竹やしみ竹、華やかな塗りを施したものなどがございます。

 

写真をご覧頂いてお分かりになります通り、竹の節がございます。

この節が真ん中にございますのが「草」の茶杓と申しまして、カジュアルなお点前に用いるものでございます。

 

節が根元の方にございます「元節」というものもございますが、これは「行」の茶杓でやや格の高いお点前に用います。

 

更に、節がまったくない「節なし」もございますが、これは「真」の茶杓で最も格の高いお点前に用いるものです。中国より伝来いたしました当初、茶杓は象牙でできておりました。象牙には、節がございませんので、竹で真の茶杓を作ります場合も節を避けて作るのでございます。現代では、象牙が入手し難くなりましたため、鹿の角などで作られたものもございます。

 

ここに「真・行・草」という言葉が出てまいりましたが、これは書道で言えば「楷書・行書・草書」のようなもので、フォーマルの度合いを表しております。

茶道におきましては、お点前の作法からお道具、お辞儀の仕方にまで「真・行・草」がございます。

 

前回、「台子」を用いる中国伝来当初のお点前を上級点前とご紹介いたしましたが、これが最もフォーマルな「真」のお点前と位置付けられております。そのため、お道具におきましても、中国伝来当時の形が概ね「真」とされ、フォーマルなお点前に用いられるのでございます。

 

このような上級のお点前は、一般に、自分より格上の方をお招きした場合や、特別な記念日などに行います。

 

さて、このようなお道具は誰が作るのかと申しますと、三千家(表千家、裏千家、武者小路千家)に出入りをしております「千家十職」という職方が代々引き継いで作品を作っておるのでございます。と、申しましても一般人が購入するものは、普通の職人さんが作ったそれらの写しや、職人さんオリジナル作品などでございます。

 

千家十職には、金物師、表具師、竹細工・柄杓師、袋師、土風炉・焼物師、茶碗師、塗師、釜師、一閑張細工師、指物師がございます。

 

茶杓は、代々家元が好みのデザインを考案し、竹細工師に作らせておるのでございます。

竹細工師の名前は表にはでませんが、作品に「銘」を付けることができ、茶席のお道具拝見の問答では、この「銘」が語られるのでございます。

 

茶杓は、薄茶の場合は季節感のある銘、濃茶の場合は禅語などの銘のついた物を用います。

 

稽古の場合は、「銘」のあるような高級なものは使いませんので、その場で自分で考えたりいたします。

夏場の薄茶ですと「卯の花」「蝉しぐれ」「潮騒」など、濃茶の場合は「和敬」「静寂」「好日」「無」などとなりますが、このようにして日本語の感覚を磨くのでございます。

 

さて、ここまで全く韓国茶道が出てまいりません。韓国茶道ファンの方々には大変申し訳ございませんが、韓国茶道では抹茶を使わなくなりましたため茶杓の出番もなくなってしまったのでございます。

 

しかしながら、ここで終わらせましてはファンの方々に申し訳が立たないというもの。

というわけで、韓国茶道で使われていたあの茶杓は今・・・・・を探ってまいりました。

 

    

 

写真は、韓国茶道のお道具ですが、竹のヘラのようなものがご覧いただけるかと存じます。

左の写真は、茶入れと思しき容器が映ってございますので、どうやらこれが茶杓に代わる新しいお道具のようでございます。

日本の茶道の茶杓とは、似ても似つかぬものに変身してございますが、はて、これは一体いかにして使うものなのでございましょうか。

 

こちらの動画で確認いたしましょう。2:40あたりにご注目でございます。 

 

いかがでございましょう、この斬新な所作。 

ついにウリナラ・オリジナルのお作法が完成されたのでございましょうか。

 

 

しかし、この所作、斬新過ぎて意味が分らないのでございます。

例によって、ウリナラ茶道には全く所作の説明がございません。

ウリナラ・オリジナルを打ち出すため、無理やりに編み出したものでございましょうか。

 

素人のわたくしには、到底ご説明は無理でございますゆえ、

「小笠原流煎茶道」の先生にご説明いただきましょう。

 

 

如何でございましたでしょうか。 

さすが、小笠原流。簡潔明瞭なご説明で、素人のわたくしにもおもてなしの心の一端が伝わってまいります。

 

煎茶道で用いられますこのお道具は、茶合、茶量、仙媒などと申しまして、煎茶の量を適切に測るための物でございます。

 

韓国茶道のあのお道具の名称は、わたくしにはサッパリでございますゆえ、皆様でご探求いただくのがよろしいかと存じます。

 

元々、象牙製品として伝わったお茶杓を竹で代用いたしましたのは、日本では象牙が入手困難な代わりに竹が豊富だったという 条件がございました。日本より先にウリナラに伝わったはずの韓国茶道が、なぜ、象牙の代わりに豊富に生えていない竹を用いたのかも、また新たなミステリーでございます。

 

知れば知るほど謎の深まる韓国茶道。ファンの方々が目が離せませんのも道理でございます。

 

 

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韓国茶道(高麗茶道)シリーズ

 

茶の話(1) 茶葉の話

茶の話(2) 「相棒」杉下右京の珍推理

茶の話(3) 韓国茶道では、なぜトイレットペーパーを使うのか?

茶の話(4) 韓国茶道では、なぜ保温ポットを使うのか?

茶の話(5) 続・韓国茶道では、なぜ保温ポットを使うのか?

茶の話(6) 韓国茶道では、なぜ急須を使うのか? 

茶の話(7) 韓国茶道では、なぜトレイを使うのか? 

茶の話(8) 韓国茶道では、なぜ茶杓を使わないのか?

茶の話(11) 韓国茶道には、なぜ流派がないのか?

茶の話(12) 高麗茶道は、なぜ廃れたのか? 

 

 

 

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日本の伝統文様

おしゃれ?非常識?祇園祭おけいはんポスターに「逆さ帯」

 京阪電鉄祇園祭キャンペーン用のポスターやチラシに登場する女性イメージキャラクター「おけいはん」の帯が上下逆向きに巻きつけられていたことが分かった。同社は「おしゃれの一環」と主張するが、京の伝統文化を受け継ぐ関係者らからは疑問の声も上がる。はたしておしゃれなのか、それとも…。

ポスターは大小計5800枚、チラシは4万枚作られ、6月末から今月16日まで電車内や駅などで掲示された。

 女性モデルの帯の文様は扇状の波を交互に重ねた「青海波」といわれる日本の伝統的な吉祥柄。赤地に金色の青海波があしらわれ、通常とは上下逆向きに巻きつけられていた。

 京阪電鉄広報担当によると、同社の祇園祭の広告物用の着付けを10年以上担当する40代の女性スタイリストが調整。「帯の文様を崩す流行に乗った。おけいはんの年齢設定は10代で、元気の良さをアピールしたかった」と、意図的に上下逆さとしたと強調する・・・・・

 

 

ああ、そうですか。帯の模様を崩す流行ですか・・・って

んな流行あるわけねーだろwww

 

まあ、斬新な言い訳と言うことで、せっかくなのでこれを機に日本の伝統文様を少し紹介してみようかと。

 

問題の帯の模様は、青海波(せいがいは)と言いまして、エジプトやペルシャなど世界各地にみられる文様です。

スタイリストさんも、これは「ペルシャ模様です!」とでも言い訳した方が良かったかもしれませんww

 

日本では、埴輪の着物にも見られますが、波模様として描かれるのは鎌倉時代の古瀬戸の模様からです。

「青海波」は、雅楽の舞曲の名前で、江戸時代の舞人の装束は、この柄になっています。

「源氏物語」の紅葉賀で、源氏が頭の中将と「青海波」を舞う描写がありますが、平安時代ではこの文様はまだ「青海波」とは名づけられていません。

源氏で出てくる「青海波」は、この文様とは関係なく中国の舞曲と言われています。

 

日本の文様は、基本パターンから様々な展開が見られるのが特徴ですが、青海波にもいろいろな種類があります。

 

       

 

上左は菊青海波、右は花青海波です。また、波間にうさぎさんを跳ねさせることもあります。

 

 

● よくある伝統模様

 

          

 

円を四分の一ずつ重ねた模様を七宝つなぎと言います。

上左は、間に○がある星七宝つなぎです。

 

となりは笹蔓といい、300年に一度実をつけるという竹の実、笹の葉と花をあしらった唐草模様です。

 

七宝や青海波のような連続模様以外にも、花筏や鹿に紅葉など季節感のある模様も豊富にあります。

着物を選ぶ際には、季節感のある柄は特定の季節以外には着られませんので注意が必要です。

季節感のない連続模様や小紋などであれば、通年着られます。

 

 

● 歌舞伎や古典芸能に関連する文様

 

    

 

左は、よく見る柄だと思いますが「観世水」と言います。

元々、能楽観世家の式紋でしたが、四代目沢村宗十郎が「小間物屋弥七」を演じた際にこの文様の着物を着て、流行した柄です。

 

右は、四本筋と五本筋の格子に、「キ」と「呂」をあしらって「菊五郎(キ九五呂)」と読ませます。

三代目尾上菊五郎がライバルの七代目団十郎のトレードマーク「三枡格子」に対抗して作ったと言われています。

 

その他にも、三本筋の格子に「中」と「ら」をあしらって「中村(中六ら)」と読ませる「中村格子」

三本筋と五本筋、六本筋の交差した「三津五郎縞」など、無理やりに読ませるものが結構あります。

また、チェッカーフラグのような「市松格子」は、佐野川市松が小姓役の袴に使い、女性の間で大流行しました。

 

● 鎌輪ぬ!かまわぬ!構わぬ!

 

   

 

「鎌」と「○」と「ぬ」の字で、「かまわぬ」

「水火も厭わず身を捨てて弱い者を助ける」という心意気を示す元禄の町奴が好んで着ました。

その後、七代目市川団十郎が着て評判になり、一般に流行しました。

現代でも、「かまわぬ」という手ぬぐい屋さんがありますね。

 

他に、「斧(よき)」と「琴」と「菊」を合わせた、「良き事聞く」と読ませる文様もあります。

団十郎のライバル三代目尾上菊五郎が愛用したとか。

 

 

● 遊び文様

 

    

 

着物で、ねずみ色の小紋を「ねずみ小紋」と言いますが、左はねずみちゃんをあしらった「ねずみ小紋ww」

右は、キセルを縦にするとヤニが下がってくるので「ヤニさがり」と読ませる柄です。

 

こういう頓知のような遊び心は、江戸時代の庶民の活力の表れですね。

他に、悟り絵といって、和歌や文学に関する図柄を用いて、文学の背景などを連想させる高度な文様もあります。

 

 

● 唐草模様

 

 パルメット

 

唐草模様と言えば、昔のマンガにでてくる泥棒の風呂敷模様が定番ですが、

元は、ギリシャやローマのパルメットが、アラブ世界に伝わりアラベスクとなり

中国経由で日本に伝わったものと言われています。

 

        

 

唐草模様にも、様々なバリエーションがあります。

左から、丁子唐草、瓢箪唐草、牡丹唐草です。

 

こうした文様は、着物だけでなく、建築物や内装などにもよく使われていますので、

覚えておくと、神社仏閣やお城などを見学する時に楽しさが倍増します。

 

今回ご紹介したのは、日本の伝統文様のごくごく一部ですが、なかなかセンスの良い文様が多いですね。

主に植物や動物を文様化したものが多いですが、他にアイヌの幾何学文様などもあります。

 

どれも、今のところ「ウリナラ起源」は主張されていないようですがwww

 

 

 

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ホンダの社長が正論過ぎて困る

日本で全部英語?バカな…海外豊富なホンダ社長

 

 「日本国内(の業務)で全部、英語なんてバカな話はない」――。ホンダの伊東孝紳社長は20日の記者会見で、社内共通語を英語にする考えに否定的な考えを示した。


 

 国内企業では、インターネットサービス大手の楽天が先月、2012年中に社内で英語を公用語とする方針を打ち出した。

 ユニクロを展開するファーストリテイリングも、外国人社員を交えた会議や海外店への文書を原則、2012年3月から英語に統一する予定だ。

 自動車業界では、仏ルノーと資本・業務提携している日産自動車が役員会などで英語を使用し、書類の日英併記などを進めている。

 これに対して、98年から米国の研究所の副社長を務めるなど海外経験もある伊東社長は、「グローバル展開する中で、必要な時は英語を使うのは当然で、(日本語と)使い分ければいい」と述べた。

2010年7月20日20時09分 読売新聞)
 
 
正論なんですが、2chあたりではホンダの社長に批判的な意見が多かったようですね。
なんでかねー?やっぱり英語=国際人ていう感覚の人が多いのか?いまどきww
 
昔は、外国と言えばアメリカ!外国語と言えば英語!みたいな哀しき日本人が多かったですが。
GHQの洗脳の成果でしょうかね。
 
まあ、翻訳業界としては、ユニクロや楽天みたいな会社が増えてくれた方が有難いです。
社内文書全部英語ってやると、ほとんどの文書がアウトソースされるんでwww
我々としては、ウハウハです。
 
で、だいたい英訳された文書なんかは、誰にも読まれることなく、次に更新されるまで倉庫で長ーい眠りにつくんですけどね。
その前に、いる文書といらない文書を整理した方が、ナンボか会社の効率がよくなるか分りません。
 
信じられないかもしれませんが、昔は、すべての文書が手書きだったんですよ。
その時代のファイリングの美しさといったら・・・手書きじゃ大変なんで、本当に必要最低限のものしか文書化しませんし。
 

企業にパソコンが普及して、文書が減るかと思ったら逆に増えたり、なんでもかんでもパワポでビジュアル化したりで、パソコンの中も文書キャビネの中もゴミの山状態です。まあ、そういうゴミも含めて翻訳にアウトソースしてくれるんで、真にアリガタや~アリガタや~

 

昔は、機械翻訳が出れば翻訳家はいらなくなる!とかバイリンガルが増えれば翻訳家はいらなくなる!って言われてましたが、逆に仕事は増えてます。

 

バイリンガルでも文章書くのがヘタなヤツもいますんで。日本人でも日本語の文章ヘタクソなヤツがいるのと同じで。

前に、バイリンギャルに契約書翻訳させたら、口語文にされちゃって泣きそうになりました。

全部、書き直したら「こんな文章おかしいです!」とか逆ギレされたがww

メリケンに10年ぐらいいたらしいが、メリケン滞在10年間に一度も英文の契約書を目にした事がなかったんだろうか。

 

まあ、そういうことも多々あるので、翻訳屋はしぶとく生き残っています。

 

世の中、ホンダの社長みたいな頭のまともなオッサンばっかになると、ヤバいですww

 

 

 

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「夫婦別姓」と「戸籍制度廃止」(6)

【前回】のつづき>>>>

 

 

 

美和子は、智恵子のアパートを早々に後にした。

自分の家族の失踪と、川村家に起きた出来事に関係があるとすれば、美和子が智恵子の部屋に長居することで新たな迷惑がかからないとも限らない。

別れ際に、智恵子はある住所を書いたメモを美和子に渡した。智恵子にアパートと仕事の世話をしてくれた人たちがいると言った。

 

なんだろう。川村さんは、名前は言えないと言っていた。メモの取り扱いにも気を付けてと。

 

美和子は、来た時に通った路地に向かってあるいた。女性救済センターの建物が目についた。

女性の地獄 ―――― 智恵子がそう言ったのが気にかかった。何か内部事情を知っているような口ぶりだった。

路地を通り抜けると、駅に向かって歩を速めた。追われている確証があるわけではなかったが、できるだけ人目につかない方がいいと思った。

駅のコインロッカーから荷物を取り出すと、切符を買い改札へ急いだ。

 

美和子には、智恵子にもらった住所を訪ねる前に行きたいところがあった。

以前、何度かボランティアで手伝いをしたことのある、社民党の女性議員の事務所だった。

電車に揺られながら、昨日から起きたことを回想した。議員に会ったら、順を追って説明しなければならない。

社民党は、去年、民主党との連立を解消したというが、多少内部事情も知っているはずだ。

美和子は、目的の駅で降りると、スーツケースを持ったまま歩いて行った。

 

駅からほど近い議員事務所のあるべきはずの場所に来ると空家になっている。

建物は、以前と同じだが議員事務所の看板もポスターも無くなっている。

 

おかしいわ。

ほんの数日前、アメリカを発つ前にウェブサイトで確認した時は、議員事務所の住所は変わっていなかったはずだ。

美和子は、携帯を取り出し記録しておいた党本部に電話をしてみた。

 

―――― おかけになった番号は現在使われておりません・・・

 

背筋に、寒気が走った。

一体、どうなってしまったの?何が起きてるの?信じられないわ。

 

もう、何もかもが信じられないような気分だった。

周囲を見渡すと、道行く人が全員、あの陰険な人権救済委員に見えた。

美和子は、足早に駅に戻ると、智恵子から貰った住所の最寄り駅までの切符を買った。

 

電車のシートに腰かけ、窓の外を見ていると風景は以前と全く変わらないように見えた。

だが、実際には、失踪、乗っ取り、なりすましが横行しているに違いない。

戸籍制度が無くなってしまった今、いとも簡単に他人になりすますことができるのだ。

美和子は、北朝鮮による拉致被害者のことを思い出した。

工作員が、日本人を拉致してその人になりすます。そんな恐ろしい事が、訓練を受けた工作員でなくともできてしまう。

ふと、大学の先輩に聞いた話を思い出した。

ヨーロッパで拉致された男性が、命がけで書いた家族への手紙。それを、外国人に託して国外で投函してもらった。

手紙を受け取った家族の驚き。嘆き。そして、家族は助けを求めて、手紙を持っていく。

手紙を渡した相手は―――――土井たか子

 

美和子は、身震いした。

社民党は、元はと言えば土井たか子のいた社会党だ。

拉致男性の家族は、最も相談してはいけない敵の仲間に相談してしまった。

今、訪ねたあの議員に会えなかったのは、もしかしたらラッキーだったのかも知れない。

美和子は、危うく敵に情報を漏らし、智恵子や、今どこにいるか分らない自分の家族を危険に曝す所だったのかもしれない。

 

 

駅に降り立つと、もう日が高く上がっていた。

夏の日差しがアスファルトにてり返されている。

 

美和子は、駅を出ると、なぜか人目をはばかるように歩いて教えられた住所をめざした。

 

建物は、少し入り組んだ場所にあった。

ドアの横の呼び鈴を鳴らすと、機械音声が暗証番号の入力を促した。

美和子は、智恵子に教えられた8ケタの数字を入力した。

 

ドアが開いた。

中へ入るともうひとつドアがある。

そこでもう一回暗証番号入力をすると、開いたドアの向こうに誰かが立っていた。

「そろそろ来るころだと思ってたよ」

「先輩!」

美和子は、唖然として立ちすくんだ。

 

 

>>>つづく

 

朝鮮半島における民族の入れ替わり

いつもコメントを下さるtm05311さんより、茶の話(6)で非常に興味深いコメントを頂きました。

以下はポイントとなる部分の抜粋です。

 

この論を唱えると、問題になるのは朝鮮のピークはいつか?
となってしまい、答えが出なくなります。
朝鮮半島が豊かだった時代はと、さかのぼると統一新羅あたりまで、
行ってしまい、まさか千年以上退化し続けていたのか?

 

私も、国家のピーク論を支持しておりまして、例えば英国のピークは大英帝国のビクトリア朝時代、ポルトガル・スペインのピークは大航海時代、フランスは太陽王ルイ14世時代、エジプトはプトレマイオス朝時代、中国は唐の玄宗皇帝あたり、インドはタージマハルを作ったシャージャハン、モンゴルのピークはチンギス・ハーンと物凄く大雑把に勝手な定義をしています(笑)

 

しかし、どの国家もピークを過ぎてその後衰退はするものの、決して文化・文明の退化はしていません。

戦争や内乱で一時的に、破壊されることがあっても必ず復興しています。復活しないのは、国や民族そのものが滅ぼされた場合です。

ところが、朝鮮に限っては文化・文明・経済の退化が見られる、非常に珍しい歴史をたどります。

朝鮮のピークはいつなのか、なぜ延々とマイナス成長を続けてきたのかとう問いに対する明確な答えは私にも分りませんが、朝鮮半島における民族の入れ替わりをひも解けば何らかのヒントになるのではないかと思い、そこらへんをまとめてみたいと思います。

 

いろいろな国号が出てまいりますので、↓ここの年表などを見ながら読んでいただくと分りやすいかと思います。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9C%9D%E9%AE%AE%E3%81%AE%E6%AD%B4%E5%8F%B2

 

まず、歴史上初めて「朝鮮」の国号を名乗ったのは中国殷王朝時代の中国人箕子です。成立の年代は定かではありませんが、「箕子朝鮮」は紀元前194年に衛氏朝鮮が起こるまで続きます。檀君朝鮮というのが、現在の韓国で大変もてはやされておりますが、単なる伝説にすぎません。檀君が持ち上げられるようになったのは、朝鮮の始祖が中国人では都合が悪いと考えられたためで、小中華を自認していた属国時代には箕子朝鮮が非常に崇められていました。

 

紀元前5世紀ごろ、春秋・戦国時代の中国で呉が滅ぼされます。この呉は、三国志の呉ではなく「呉越同舟」の呉の方です。この時、呉を追われた人々は朝鮮半島に渡り、西部と南部に流入し「韓」という集まりを作りました。つまり、最初に「韓」を名乗ったのも中国人です。この当時、朝鮮半島の北西部には箕子朝鮮があり、中部から東部にはツングース系の濊族(わい)や貊族(ぱく)が居住していました。

 

紀元前4世紀ごろに、今度は越が楚に滅ぼされると、越人は南はベトナムへ東は九州・対馬へ、そして朝鮮半島西南部へ流れ着きます。そして、自らを「倭人」と呼びました。倭人の名称は、後に大和民族が引き継ぎましたので、倭人=日本人と勘違いされている方が多いかと思いますが、もともとは中国人のことなのです。そして、この越から日本に流れ着いた倭人こそが「弥生人」なのです。越人が南に流れたベトナムを「越南」と書きますが、日本の北陸地方にも越後・越中・越前があります。

 

弥生人が中国の長江流域から発生したことは、その地域で出土した人骨のDNA鑑定により明らかにされています。日教組教育では、未だに弥生人は朝鮮半島から渡来し稲作をもたらしたという「俗説」が教えられているようですが、これは完全に間違いなのです。稲作が中国南部から直接入ってきたことも、稲のDNA鑑定で明らかになっています。

 

呉と越は、南アジア系の同じ人種で、これらを滅ぼした楚は漢人です。つまり、古代中国や日本の史書に出てくる韓人(からびと)と倭人は、同義なのです。以前は、これらを朝鮮人と日本人と解釈していたため、史書の解読を困難にしていました。

 

 

さて、衛氏に追われた箕子朝鮮最後の準王は、韓人・倭人の住む南部の馬韓に逃れ、そこで王位につきます。こうして出来たのが「辰国」です。しかし、これは一代で終わり、その後は韓人が王位につきます。この辰国が、後の三韓の礎となります。

箕子朝鮮を滅ぼした衛氏も実は中国人です。衛氏が前漢に滅ぼされると、その地は楽浪郡という前漢の植民地となります。朝鮮半島西北部は、紀元後313年に高句麗が楽浪郡に攻め入るまで、ずっと中国人に支配されていたのです。また、南部と西部も呉と越から流入した中国人により支配されていました。

 

高句麗は、朝鮮半島東部に居住していた族により建国されました。当時、中国人支配地域以外の朝鮮半島には、高句麗、、沃沮、扶余がありました。これらは、すべてツングース系の同民族とされていますが、扶余はモンゴルの血を引くツングース系の名門で満州一帯を支配し、朝鮮半島にも進出していました。一方のは、穢という字を当てることもありツングース系で名門とは言い難い部族でした。このため、高句麗は扶余を自称していたという話もあります。

 

この高句麗こそが、Koreaの語源で朝鮮人のルーツと言えるでしょう。但し、高句麗は中国の冊封国家であったとされています。

 

さて、紀元後4世紀に満州の扶余が高句麗や鮮卑に圧迫され滅ぼされると、扶余の王子が紆余曲折の末に馬韓に攻め入り王位につきます。これが百済です。百済は、扶余に支配された、馬韓人(倭人)の国となります。こうして三韓時代が終わると、百済の他に伽耶と新羅が成立します。新羅は、韓人が主導してツングース系の族と混血した民族による韓人国家です。伽耶(あるいは加羅)は、統一国家ではなく韓人や倭人が、そして倭人と手を組んだ大和民族が入り組んだ地域となりました。

 

韓、加羅、唐が「から」と呼ばれるのは、偶然でも、昔の日本人が大雑把だったせいでもありません。どれも中国ないし中国人のコミュニティを意味します。

 

やがて、高句麗、百済、伽耶が新羅に滅ぼされ、統一新羅が成立します。このようにして、またしても朝鮮半島は韓人(中国人)の支配する土地になってしまいます。

 

この後、後高句麗と後百済が復活した後三国時代を経て、紀元後918年に高麗が成立します。高麗は高句麗と同じ民族です。ここでようやく朝鮮人による統一国家が誕生しました。

 

1392年、高麗の武将李成桂が恭譲王を廃して自ら王位に就き、国号を朝鮮とします。これが李氏朝鮮です。

李成桂は、女真人(満州人)という説もあり、李氏朝鮮はやがて中国の明に正式に冊封されることになります。

 

 

以上、朝鮮半島の民族の入れ替わりをざっと見てまいりましたが、私は朝鮮半島の文化・文明が最も花開いたのは百済・新羅・高麗・伽耶の時代と考えています。韓人、倭人、大和民族、ツングース系の族が、それぞれの個性を発揮した結果と思われます。

こうして振り返りますと、朝鮮半島は中国による直接支配、植民地化、属国化、冊封体制など、自己喪失の連続と言える悲惨さです。

 

現代でも、朝鮮半島北部はツングース系の血が濃く、半島南部は韓人=倭人の遺伝子が残っているとされています。

北朝鮮が中国人の起こした国号「朝鮮」を名乗り、南朝鮮が倭人の国と同義の「韓国」を名乗っているのは、歴史の因縁を感じます。

 

 

 

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 またまたキャリアウーマンの相談にのってやるニダ。

< `∀´>  寒流スターのウリが、またまたイルボンのキャリアウーマンの相談にのってやるニダ。ウェーハハハ♪

 

(@∀@) キャリアウーマンA子で~す。

< `∀´>  お、こないだのアガシじゃないニカ。男は見つかったニカ?

 

(@∀@) 見て、見て~。結婚指輪。

< `∀´>  おー。とうとう結婚したニカ。

 

(@∀@) そうなの、それも国際結婚よぉ~。

< `∀´>  ウリナラの男ニカ?

 

(@∀@) 違うの~。

< `∀´>  なら、ウリナラの属国の中国男ニカ?

 

(@∀@) ゾッコン?何?中国人も寒流スターにゾッコンなのぉ~?

< `∀´>  違うニダ。属国ニダ。まぁ、ゾッコンでもあるニダがな。

 

(@∀@) ゾッコク?なにそれ?新しいアジアンスイーツ?

< `∀´>  ・・・・・(相変わらず馬鹿ニダな・・・)←お前もな

 

(@∀@) 私のハズバンドは、スペイン系なのぉ~。

< `∀´>  スペイン?夫婦別姓じゃないニダか?

 

(@∀@) スペイン系はぁ、苗字を連結できるのぉ~。

< `∀´>  そうニダか?スペイン男も、ウリナラ男よりは劣るが、ワールドカップで優勝した国でもあるニダし。

 

(@∀@) うん、あの、スペイン系なんだけどね・・・。

< `∀´>  あの優勝トロフィーは、ウリナラ代表が受け取るはずだったニダが、

         ウリナラは、イルボンと違ってロビー活動が下手ニダから・・実力はあるニダが・・

 

(@∀@) ロビー・・・・?

< `∀´>  ロビー活動ニダ。イルボンはロビーや八百長が得意ニダが、ウリナラはまだまだニダ。

 

(@∀@) ロビー・・・・?なんだか、よくわかんないけど、カッコよさそうね!

< `∀´>  ・・・・・ 

       (バカ過ぎて洗脳するのも難しいニダ。イルボンのフェミニストは、このバカをどうやって洗脳したニダ?)

 

<;`∀´>  ま、まあとにかく・・何か悩みがあるニカ?夫婦喧嘩でもしたニカ?

 

(@∀@) それがね、結婚したのに誰も新しい姓で呼んでくれないの。

< `∀´>  よかったじゃないニカ。夫婦別姓じゃなきゃ嫌だったんじゃないニカ?

 

(@∀@) でも、連結姓だから旧姓も入ってるの。ちゃんと本名で呼んで欲しいわ。

< `∀´>  確か、アガシは、山田A子さんだったカニ。どんな名前になったニダ?

 

(@∀@) A子・ヤマダ・ホセ・マリア・ベラスケス・デ・パルマ・サンタ・クルス

<;`∀´>  サ、サンタクロース?

 

(@∀@) やーね。A子・ヤマダ・ホセ・マリア・ベラスケス・デ・パルマ・サンタ・クルスよ。

< `∀´>  長すぎるニダ。山田A子で十分ニダ。

 

(@∀@) だって、せっかく国際結婚したのよ。しかも、スペイン系の名前よぉ。

< `∀´>  職場で「ヤマダ・ホセ・マリア・ベラスケス・デ・パルマ・サンタ・クルスさんいますか?」とか、まどろっこしいニダ。

 

(@∀@) せっかく結婚してもね、結婚指輪してるだけじゃ「国際結婚」だって分ってもらえないじゃない。

<;`∀´>  え?結婚したのを公表したくなかったんじゃないニカ?

 

(@∀@) だって、国際結婚よぉ。あこがれのヨーロッパ系の名前よぉ。

<;`∀´>  相変わらず、意味不明ニダ。

 

(@∀@) みんなに羨ましがられたいじゃない。

< `∀´>  じゃあ、みんなを説得して、長ったらしい名前で呼んでもらえニダ。

         キャリアウーマンなら説得できるニダ。

 

(@∀@) ヤダぁ。なんか、そういうのって押し付けがましいじゃない。

< `∀´>  じゃ、スペインに引っ越せニダ。みんなも羨ましがってくれるニダ。

 

(@∀@) あの。それが・・・

< `∀´>  どうかしたニダか?

 

(@∀@) 確かに、ハズバンドは一応スペイン系なんだけどぉ、彼の故郷に私が馴染めるかどうか・・

< `∀´>  一応スペイン系?どこの人ニダ?バルセロナか?マドリードか?(数少ないウリの知ってる都市ニダ)

         パエリアは美味そうだし、シエスタできて、生活も楽そうニダよ。

 

(@∀@) あの、ニカラグア出身なんです。

< `∀´>  ニカ?どこニカ?

 

(@∀@) 中米の・・・

<;`∀´>  (ウ、ウリの習った世界地図には、ウリナラとイルボンと中国しかなかったニダ・・)

 

(@∀@) 私もよく分んないんだけど・・ホンジュラスとコスタリカの間って言ってたかな。

< `∀´>  ホンジュラスなら、サッカーで聞いたことあるニダ。

 

(@∀@) スペインなら、みんなも羨ましがってくれるけど、中米じゃ自慢にならないし。

<;`∀´>  アガシは何の自慢をしたいニカ?

 

(@∀@) だって、35歳にして掴み取った国際結婚よ。やっと勝ち組になれたのよ!

< `∀´>  今まで負け組だったニカ?

 

(@∀@) ま、まあね。ちょっとだけ、そう思ってた。

< `∀´>  イルボンで稼いだ金で、中米に行けば優雅に暮らせるんじゃないニカ?

        韓国パブのねーちゃんたちも、イルボンで稼いだ金もってウリナラに帰って・・・

 

(@∀@) それだと、私の貯金で暮らすことになっちゃうから。

< `∀´>  サンタクロースさんは、金もってないニダか?

 

(@∀@) 自動車工場リストラされて・・

< `∀´>  失業したニカ?で、アガシが養ってるニカ?

 

(@∀@) だから、私仕事辞めるわけにいかないの。

<;`∀´>  よく、失業した出稼ぎと結婚なんかしたニダな。それって、勝ち組なのニカ?

 

(@∀@) だって、あこがれのスペイン系の名前よぉ~

< `∀´>  それかい・・・アガシは、一生サンタクロースさんを養ってくニカ?

 

(@∀@) ない、ない!

< `∀´>  サンタクロースさん、仕事の当てあるニダか?

 

(@∀@) ない、ない!

< `∀´>  じゃ、どうするニカ?

 

(@∀@) 離婚するの!

< `∀´>  離婚したら、旧姓に戻すんじゃなかったニカ?

 

(@∀@) 戻さないわよぉ!だって、スペイン系の名前よぉ。

< `∀´>  ずいぶんこだわるニダな。

 

(@∀@) 韓国パブのおねーちゃんたちも、日本人と離婚しても韓国姓に戻さないんでしょ。

< `∀´>  知ってたニカ?

 

(@∀@) 一度も結婚したことのないアラフォーじゃ負け犬だけど、バツイチでスペイン名だったら、チョー勝ち組よ!

< `∀´>  ところで、サンタクロースさんはカトリックじゃないニカ?

 

(@∀@) そうよぉ。だから私も入信してサンタマリア大聖堂で式を挙げたのよ~!

< `∀´>  カトリックは、離婚できないニダ。

 

(@∀@) ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

<;`∀´>  イルボン・フェミニストの欧米崇拝洗脳は強烈ニダな。

       ウリナラ崇拝洗脳工作はまだまだニダ。

 

 

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「夫婦別姓」と「戸籍制度廃止」(5)

遅くなりましたが・・・

 

【前回】のつづき>>>>

 

 

 

あの朝、川村家に突然現れたのは、三人の子供を連れた中国女と、怪しげな二人の男だった。

中国女が、男の一人に中国語で何か話しかけると、その男が向き直って言った。

「こちらは、川村さんのお宅ですね。あなたは佐久間智恵子さんですね」

 

夫の亡くなった現在、川村家の女主人である智恵子は、旧姓で呼ばれることに抵抗を感じた。

勝手に人の名前を変えておいて、まるで、川村家の人間じゃないみたいな呼び方して・・・

「どちら様ですか」

男はつかつかと歩み寄り、中国女を指して言った。

「この女性は、陳美鈴さんです。川村宗助さんの奥様です」

「は?」

智恵子は、目を丸くして女と男を見比べた。

「何をおっしゃってるんですか。宗助の妻は、私です。」

「それを証明できますか?」

「証明って、私は川村家に嫁いで40年以上もここで主人と暮らしていたんです。証明するも何も、近所の方に聞いてください」

「そういう証明は、公的文書でなければ有効ではありません」男は、事務的に言い放った。

「市役所からあなたの納税者登録証明書を取ってきましたが、あなたと川村宗助氏の関係を示す記載はどこにもありません」

「戸籍の記録はどうなってるんですか!私は、紛れもなく川村の妻ですよ!」

「戸籍制度は、昨年廃止されたじゃありませんか。夫婦別姓法案が可決されて一ヶ月後に。夫婦別姓では、戸籍制度が意味をなさなくなりましたからね」

 

 

あの時の問答を思い出すだけでも、智恵子は憤りが止まらなかった。

 

 

「ねえ、川村さん。納税者登録証っていうのは?」美和子が訊いた。

「ああ、美和子ちゃんは、細かい事全然知らないのね。」

 

智恵子は、ふっと息をつき、お茶を淹れなおしながら話始めた。

 

「民主党はね、夫婦別姓法案と人権救済法案、それから外国人参政権法案を次々と可決させて、一ヶ月後に戸籍制度を廃止したのよ。国民の間で、戸籍制度の存在意義がなくなったという世論が沸き起こってるって、マスコミが、毎日そればかり報道して。そんな、話、世間では全然聞いたこともないのよ」

 

『国民を縛り付ける旧弊!』『差別を助長する封建制度!』『家族単位よりも個人単位!』識者と呼ばれるタレント崩れがテレビに出演して連日連夜の報道。

『国民は困っている!』『国民のために!』『女性差別をなくすために!』『子供の権利を!』

 

「誰も困ってる人なんていないのに、まるで私たち国民がそれを要求しているかのように。去年の参院選以降のマスコミは、民主党のためだけに報道してるって誰の目にも明らかだったわ。おかしいと思っても、取り締まる機関もないし、どこに訴えることもできないの。もう、やりたい放題よ。それで、国民が望んでるってことになって、戸籍制度が廃止されたの」

智恵子は、また溜息をついた。

「でも、ちょっとおかしいわ。そんな重要な法案、可決されたとしても、準備期間も必要だし、そんなにすぐに実施できるはずないわ。少なくとも2,3年は・・」

「おかしなことを平気でやるのが民主党なのよ。子供手当や基地問題でも同じだったでしょう。ありもしないお金があるって言ったり、できもしないのに沖縄から基地をなくすなんて言ったり」

 

確かに、基地問題では民主党の対応はアメリカでも不評だった。でも、それ以外の福祉法案については、特に報道もなかったし革新的で概ね評価は良かったように思う。

 

「民主党は、法案が可決されて一ヶ月後に実施って決めちゃったの。どうしても一ヶ月後に合わせなくちゃならないから、ものすごく乱暴な方法で戸籍を廃止しちゃったのよ。」

「一ヶ月で、どうやって?!?」

「戸籍データから、氏名と生年月日と性別以外のデータを全部削除しちゃったのよ」

「そ、そんな出鱈目な!」

「代わりに納税者識別コードを付けられて。それで、納税者登録証明書が戸籍謄本の代わりに発行されるようになったの」

 

家族との続柄も本籍地も何もない、納税者識別コードだけの証明書。それを突き付けて、旧姓に戻った川村さんにご主人との関係を証明しろだなんて。

「陳美鈴」と名乗る女は、中国の「戸籍抄本」を持ってきたという。そこには、川村宗助氏と女の婚姻関係と子供たちとの親子関係が記されていた。

 

「ありえないことなのよ。主人は中国になんて一度も行ったことがないのに!」智恵子は声を大きくした。

「中国では、公的文書の偽造は簡単ですからね。もっとも中国で偽造したものですらないかもしれない。日本国内で、いくらでもできるから」

「私も、そう言ったのよ。その戸籍抄本は本物なの?って。その子供たちが主人の子だと言うならDNA鑑定してって」

智恵子の眼は、悔し涙で潤んでいる。

「そしたら、あの男たち、『外国人差別だ』とか『婚外子差別』で人権裁判所に連行するって言うの。おかしいでしょう。中国の戸籍に親子関係が書かれてるなら婚外子じゃないでしょう。でも、二言目には差別、差別で。あの男たち、人権救済委員だったのよ」

 

「せめて、主人の弟の巌さんが生きていてくれたら」

智恵子がそういうと、美和子は思い出したように言った。

「ねえ、お嬢さんたちは?今どうしてるの」

「ああ、二人とも嫁いでしまっているから。娘たちもそれぞれ婚家の名前を名乗っているでしょう。娘たちも川村との親子関係を証明できない状態なのよ。たとえ、旧姓に戻ったとしても、私は佐久間だし、娘たちは川村だし、公的には私たち親子でも何でもない他人なのよ」

 

「それは、酷いわ。川村さんには、強引に旧姓に戻させておいて、お嬢さんたちが婚家の姓を名乗ったまま状態なのを利用したとしか思えない」

「私は、仕組まれたことだと思ってるのよ。」

「え?」

 

 

「主人が、人権救済委員の婦人部隊に糾弾される二日前に、私、涼子ちゃんと入れ替わってるあの女の子に声をかけたのよ。『涼子ちゃんのお友達ね』って。そしたら、血相を変えてどこかへ行ってしまったわ。そのことと、川村と私の身に起きた一連のことは関係があるんじゃないかと思うの」

 

 

>>>>つづく

 

 

 

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 夫婦別姓についてキャリアウーマンの悩みに答えてやるニダ

< `∀´>  寒流スターのウリが、イルボンのキャリアウーマンの悩みを聞いてやるニダ。ウェーハハハ♪

 

(@∀@) キャリアウーマンA子で~す。

< `∀´>  で、アガシは何が悩みニカ?

 

(@∀@) キャリアウーマンの私としては、夫婦別姓が実現していないのが悩みです。

< `∀´>  夫婦別姓?ウリナラに来るニダ。ウリナラの男と結婚すれば夫婦別姓ニダ。

 

(@∀@) すごーい。先進国!日本も見習わなくちゃいけないと思います!

< `∀´>  それほどでもないニダ。早くウリナラに来るニダ。

 

(@∀@) ですから、私は日本が夫婦別姓にならないといけないと思ってるんです。

< `∀´>  なんで、そんなめんどくさい事考えるニカ?ウリナラに来ないニカ?

 

(@∀@) だって私、キャリアウーマンですから。仕事に支障をきたすんです。

<;`∀´>  よくわからないニダ。

 

(@∀@) 結婚して姓が変わると、会社の中での手続きが大変なんです!

< `∀´>  ほー。アガシは、どんな仕事してるニカ?パチンコ経営・・じゃない会社経営ニカ?

 

(@∀@) OLでーす。

<;`∀´>  OLってキャリアウーマンなのニカ?ただの雇われ人じゃないニカ?

         ただの雇われ人で、なんで会社の手続きが大変なのニカ?

 

(@∀@) だって、人事に給与所得者申告書とか社会保険の訂正とか出さなきゃいけないし。

< `∀´>  そんなのは、転職して入社した時の手続きと変わらないニダよ。

          ウリはジョブホッパーニダから、人事書類なんか簡単に書けるニダ。

             あっちのパチンコ、こっちの韓国パブ・・

 

(@∀@) え・・・・そうだったの?

< `∀´>  ウリは、夜逃げ・・じゃない引っ越しも趣味ニダが、住所が変わっても人事書類訂正するニダよ。

 

(@∀@) でも、転職も引っ越しもしてないのに、そんな面倒な手続きありえなーい。

<;`∀´>  アガシは、事務処理能力が異常に低いみたいだが、営業でもやってるニカ?

 

(@∀@) 一般事務でーす。

< ;`Д´> 一般事務なら書類ぐらい簡単に書けるニダ。面倒くさがるなニダ!

 

(@∀@) でも、職場で新しい名前覚えてもらうの大変じゃない。

< `∀´>  それなら心配ないニダ。旧姓のまま仕事しろニダ。

 

(@∀@) だって、それだと本名と旧姓使い分けなくちゃいけないし。

< `∀´>  職場で旧姓、人事・総務関係で本名で問題ないニダ。簡単ニダ。

 

(@∀@) そんなの混乱するじゃない。

< `∀´>  ウリだって、通名・・じゃなくて芸名と本名使い分けてるニダ。

 

(@∀@) 職場だけじゃないの!銀行とか印鑑登録とか大変じゃない!

< `∀´>  銀行ニカ?ウリなんか通名4つも使い分けて口座持ってる・・・・いや、なんでもないニダ

 

(@∀@) ・・・・・・・・・・・・・・・

<;`∀´>  ・・・・・・(コイツ、源氏名使い分ける韓国パブのねーちゃんより馬鹿ニカ?)

 

(@∀@) とにかく、今は一般事務やってるけど、そのうち営業とかマーケティングとか男と肩を並べて

         仕事する予定なの。だから夫婦別姓じゃなきゃダメなの!日本は女性差別が激しいの!

< `∀´>  だったら、ダンナになる男に名前変えてもらえニダ。

 

(@∀@) やだー。そんなことできなーい。

< `∀´>  なんでニダ。説得しろニダ。

 

(@∀@) そんな難しいこと説得できるわけないでしょ。

<;`∀´>  たかが男一人説得できなくて、男と方を並べた仕事ができるニカ?

 

(@∀@) ・・・・・・・・・・・・・

< `∀´>  営業になったら、どうやって客を説得して売り込むニカ?

         マーケティングになったら、どうやって上司を説得して稟議書通すニカ?

 

(@∀@) でも、夫婦別姓じゃないと結婚したことを公表することになるから、

         プライバシーの侵害だって、女性人権ナントカの先生が言ってた!

< `∀´>  意味不明ニダ。男と女の関係を社会的に認めてもらうのが結婚ニダ。

        

(@∀@) とにかく、夫婦別姓じゃないと結婚したことがバレちゃうじゃない。

< `∀´>  バレるとまずいニカ?そんな結婚する意味あるニカ?

 

< "`∀´>  わかった!結婚後も男漁りしたいニカ!?ウリならいつでも付き合ってやるニダよ。

 

(@∀@) そういうことじゃなくてぇ~。たとえば、離婚する時にまた旧姓に戻らなくちゃいけないの。大変でしょ!

<;`∀´>  離婚することを前提に結婚するニカ?わけわからんヤツニダな。

 

(;@∀@)  ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

< `∀´>  とにかく、面倒くさいイルボンにいないで、さっさとウリナラに来るニダ。

 

(@∀@) だめなの。キャリアウーマンの私は、日本の女性差別を根絶するの!

< `∀´>  わかった、わかったニダ。それで、婚約者はいるニカ?

 

(@∀@) いませーん。彼氏いない歴35年でーす。

<#`∀´>  夫婦別姓とか離婚の心配とかしてるヒマがあったら男さがせニダ!

 

(;@∀@) ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

< `∀´>  クックック。イルボンのアガシは御しやすい馬鹿ばっかニダ。

       ミンス党マンセー!日教組教育マンセー!偏向マスコミマンセー!ニダ・・

 

 

 

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茶の話 (7) 韓国茶道では、なぜトレイを使うのか?

悠久の時を超え現代に蘇る(?)韓国茶道を探訪するシリーズ。
今回は、トレイ(トイレじゃありませんw)の謎に迫ります。

 

 


毎度おなじみの風雅な韓国茶道の光景でございます。
美しいチマチョゴリをお召しの女性の前にございますのは、茶器を載せるトレイ、盆でございます。
そして、審査員と思しきオッサンと女性らは、卓袱台を前に坐しております。

 


さて、韓国茶道では、なぜ床に盆を置いて使うのでございましょうか。

 


そもそも、中国の茶芸に良く似た道具を使う韓国茶道、茶器を載せる盆が中国の茶盤に似ておりますのも無理はございません。しかしながら、中国茶芸の茶盤はテーブルに置いて使うもの。それを床に置くとは、いかがしたことでございましょう。

 

日本の茶道におきましては、茶筅を振って茶を点てますゆえ、畳の上に茶碗を置いて行うのが最も楽なのでございます。その上、畳を切った炉の茶釜から柄杓で湯を汲むなどいたしますことも、畳の上に茶道具を置くのが自然な理由でもございます。

 

一方、韓国茶道でございますが、韓国式正しい座り方、つまり立て膝をついた姿勢で、ポットの湯を注ぎ急須でお茶を淹れ、まことに窮屈そうに見えるのでございます。

 

日本の「煎茶道」におきましては、畳の上に布を敷き、その上に人数分の茶碗を一列に並べた細長い盆と他の道具を置いて茶を淹れます。但し、煎茶道は正座で点前を行いますので、動作が窮屈になることはございません。また、抹茶の茶道よりもダイナミックに湯を使いますことから、膝に帛紗を掛けて着物が濡れるのを防ぐようにいたします。元々、煎茶道は抹茶の茶道から派生しておりますので、畳の上でお点前をすることは、日本の畳文化や生活習慣からも自然なことと申せましょう。

 

このように考えますと、畳文化もなく茶道具による制約もない韓国茶道において、盆を床に置いて茶を淹れることはあまり理に適っているとは申せません。むしろ中国茶芸のように盆をテーブルに置いて使った方が自然なのでございます。

 

では、韓国にテーブルがないかと言いますと、写真を見ても分かります通り、審査員と思しきオッサンらは卓袱台を使っておるのでございます。もっとも、これはどうみても折り畳み式の日帝残滓。朝鮮伝統の卓袱台はないのかと思われるかと存じますが、元祖「朝鮮茶禮」では小さな膳を使っているのでございます。

 

「朝鮮茶禮」は、茶を飲む儀式ではなく、酒や食物などを供えて先祖を敬う儀式とのことで、これはまぎれもなく朝鮮オリジナルなのでございます。

 

されど、近年「韓国茶道は茶禮ではないニダ。高麗茶道ニダ」という流派が多勢を占めておりますゆえ「卓袱台なんか使わないニダ。床に置くニダ。日本の茶道は韓国起源ニダ」という状況になっているようでございますが、なんとその日本の茶道に高麗の卓袱台を模した「高麗卓」なるものが存在するのでございます。

 

     高麗卓

 

高麗卓は、写真のようなものでございますが、元々は朝鮮式の御膳のデザインを棚に取り入れたものでございます。

朝鮮式の御膳につきましては、19世紀末に朝鮮半島を訪れたアメリカ人アリフタン中佐が、手記に書き残しておられます。曰く、風変わりかつ優美な朝鮮式の小膳は、高さ約1フィートで、二本ずつ鎹で固定された4本の脚がやや内側に内反しており、食事の碗を配膳するため台の縁は幾分高まっている、と記されております。

 

高麗卓の点前は、棚点前の一種でございます。

 

平安末期に栄西禅師が、宋より茶と道具一式を持ち帰りました当時の、中国での作法では「台子(だいす)」という、棚よりも幅広いものが使われておりました。この当時の作法を、簡略にしたものが「棚」を用います棚点前で、さらに簡略化し必要最小限の動作だけに絞りましたのが平点前でございます。現在、もっともよく見られますのが平点前で、台子や棚を用いず、お道具はすべて畳の上に置かれます。

 

 

現在でも、台子を用いた点前におきましては、「唐物」と申します中国より取り寄せましたお道具、あるいはその写しを使いまして、宋より伝来当時のお点前を再現いたします。韓国起源のはずの日本の茶道に、中国式作法は伝承されておりますものの、韓国式作法が伝承されておりませんことは、全国のウリナラ起源愛好家の方々には格好のミステリーネタとしてお楽しみいただけることと存じます。

 

しかし、「高麗台子」というものは存在しております。高麗台子は、宗旦好みと遠州好みの二種類がございますが、宗旦好みは琉球貿易で輸入した唐物の写しと言われており、高麗卓は宗旦好みの高麗台子の幅を半分程度にしたものでございます。遠州好みの高麗台子は、木地製の大棚といった風情のまったく違うデザインでございます。

 

棚点前に用いる棚は、教科書にあるだけでも60種類ほどあり、高麗卓はその一つでございます。それぞれに、代々の家元が好んだという由来などがあり、棚によってお点前の作法が異なることもございます。棚には、水差と薄茶を入れる棗を飾ってお点前しますが、点前が終わったら柄杓と蓋置きを飾ります。
 

  

 シンプルな利休好みの角棚    御所車をイメージした御幸棚

 

茶道の点前の後には、必ずお道具の拝見がございますが、拝見に出されますのは、薄茶の場合は棗と茶杓、濃茶の場合は茶入れ、茶杓、茶入れに着せる「仕覆(しふく)」のみでございます。通常、柄杓と蓋置きは、点前が終わったら亭主が持ち帰りますが、棚点前の場合は最後に飾りますので、蓋置きはお客様の目を楽しませる伝統的意匠や季節感のあるものを用います。


というわけでございまして、この「高麗卓」こそ「ウリナラ起源の証拠ニダ」と騒ぎそうなものの、全く触れられないのもまたミステリーでございます。ウリナラ起源捏造の底の浅さとも言えましょうが、今後、韓国茶道が高麗卓を用いるように進化する可能性もございます。

 

チマ・チョゴリを着ただけで日本の茶道と全く同じお点前をしていた捏造の原点から、ロング茶筅茶道、トイレットペーパー茶道という道のりを経て、現在の中国茶芸モドキのスタイルを確立しました韓国茶道。
 

日々進化する韓国茶道に、当ブログも微力ながら貢献できれば幸いに存じます。
 

 

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韓国茶道(高麗茶道)シリーズ

 

茶の話(1) 茶葉の話

茶の話(2) 「相棒」杉下右京の珍推理

茶の話(3) 韓国茶道では、なぜトイレットペーパーを使うのか?

茶の話(4) 韓国茶道では、なぜ保温ポットを使うのか?

茶の話(5) 続・韓国茶道では、なぜ保温ポットを使うのか?

茶の話(6) 韓国茶道では、なぜ急須を使うのか?

茶の話(7) 韓国茶道では、なぜトレイを使うのか?  

茶の話(8) 韓国茶道では、なぜ茶杓を使わないのか?  

茶の話(11) 韓国茶道には、なぜ流派がないのか?

茶の話(12) 高麗茶道は、なぜ廃れたのか? 

 

 

 

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「夫婦別姓」と「戸籍制度廃止」(4)

民主党叩きを強化する当ブログとしては、民主党大敗後もシミュレーション続行。

というわけで、【前回】のつづき>>>

 

 

「美和子ちゃん。こんなところで立ち話も何だから、狭いですけど私の家にいらして」

 

川村さんは、そう言うと路地の奥へ歩いていき、裏道へ出た。

美和子は、そのまま、川村さんの後について行った。

「ここです」

と、案内されたアパートは、築40年以上は経っていると思われる古びたアパートだった。

 

アパートの向こう側には、大きなマンション風の建物があった。

「女性救済センター」という大きな看板が付いていた。

美和子が、日本を離れる前には見なかった建物だ。

「川村さん、あの建物は?」

「ああ、あそこは、女性の地獄よ・・・」

えっ?信じられない面持ちで、美和子は川村さんの顔を見た。

「私の今の家は、こんなボロアパートだけど、あそこよりはずっとましよ」

そう言って、川村さんはアパートの鍵を開けドアを開いて、美和子を招じ入れた。

 

部屋は、六畳一間に小さな台所がついているだけだった。トイレは共用のようだ。

川村さんは、美和子に座布団を勧めると、お茶を入れるわねと台所に立った。

ちゃぶ台の向こう側に座ると、お茶を淹れながら川村さんは話始めた。

「主人が亡くなる一週間前にね、突然、人権救済委員会の婦人部隊が乗り込んできたの」

川村さんは、美和子に茶を勧めた。

「いただきます」そう言って、美和子は温かいお茶を味わった。

川村さんがこれから話す辛い記憶とは反対に、日本に帰って初めて味わった温かさだった。

 

「夫婦別姓法案が可決されたのは、去年の8月でしたけど、私たちには全く関係のないことだと思ってたの。私は、主人を本当に大切に思っていましたし、主人も私を大事にしてくれていました。こんなに深く信頼し合っている夫婦が、別姓を名乗るなんておかしいでしょう」

川村さんは、自分で入れたお茶を飲みながら懐かしそうな目で窓の外を眺めた。

「それが、突然、婦人部隊が乗り込んできて、なぜ夫婦別姓にしないのかだなんて、最初は何を言われているのか分らなかったわ。でも、あの人達は、妻である私をいつまでも解放しない主人を人権侵害の犯罪者だと言い出したの。私は、とんでもない!って叫んだわ」

「納得して夫婦同姓を名乗っているのに・・なぜ」

「あの人達には、関係ないのよ。すべての女性は、夫の束縛から解放されるべきなんて言ってるんですもの」

昨日から、信じられないことばかりだったが、この考えにはフェミニストの美和子にも違和感があった。

 

川村さんは、目をつむり悲痛な表情で続けた。

「主人は、そのまま婦人部隊に連行されて、私は何がなんだかわからないまま。一週間たって、主人が解放されて、フラフラになって帰宅したのよ。主人は私に『すまない、すまない』って何度も謝ったわ。無理やり別姓にさせられたと言って」

「無理やりって、奥様の意思はどうなってしまうの?」

「関係ないのよ。夫婦別姓法案で夫婦別姓を申請する書類には、妻の同意の署名は必要ないの。民主党の考えでは、すべての女性は夫の束縛から解放されるべきであり、すべての女性は夫婦同姓を無理強いさせられているってことなの。だから、夫のサインさえあれば、夫婦別姓になってしまうの」

「そ、そんなバカな」

「主人は、必死に抵抗したのよ。でも、人権救済委員会の婦人部隊は一週間、主人を眠らせることも休ませることもなく、糾弾し続けたの。最後には、朦朧とする意識の中で、無理やり申請書にサインをさせられていたの」

美和子は、沈黙した。川村夫婦の人権を踏みにじる人権救済委員会。いったい何なの?川村さんは続けた。

「主人は、すでに65歳を過ぎていましたから、もう体力が持たなかったのでしょう。帰宅して、そのままベッドに倒れ込むと、二度と目を覚ますことはなかったの」

川村さんは、訴えるように言った。

「美和子ちゃん、私ね。川村っていう姓が、とても好きなの。もう40年以上も名乗っているでしょう。私は、大切な主人と共有した名前まで亡くしてしまったの」

 

二人の間に、気まずい沈黙が流れた。

民主党が推進した「夫婦別姓法案」と「人権侵害救済法案」が、川村さんのご主人を死に追いやり、奥様から最愛の人と大切な名前を奪った。

 

「あの、川村さん」最初に沈黙を破ったのは美和子だった。

「ご主人が亡くなられてから、どうして引っ越しを?代々住んでいらしたお家でしたのに」

 

川村さんは、顔を上げると怒りのこもった眼差しで、美和子をまっすぐに見つめた。

 

 

「主人の初七日も過ぎないうちに、あの中国人の女が現れたのよ」

 

 

>>>つづく

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「夫婦別姓」と「戸籍制度廃止」(3)

【前回】のつづき>>>

 

 

日本人の消費税率が100%で、外国人の消費税率が5%?

どうかしてるわ。

 

美和子は、不思議の国に迷い込んだような気分で、ホテルを出た。

ひとまず駅に行き、コインロッカーにスーツケースを預ける。

「あら、ここはIDに関係なく一律なのね」

そういえば、昨日リムジンバスの切符を買った販売機もID認証はなかった。

自動販売機の認証装置を普及できていないようだ。

 

そういえば、民主党はハイテク関連に弱いと聞いたわ。

消費税法案を可決した時点で、そこまで頭が回らなかったのかしら?

なんだか、やることがずさんな感じで間が抜けてる。

 

そのまま駅を離れ、昔から近所づきあいのあった川村さんのお宅へ向かった。

川村さんの家にたどり着くには、自宅の前を通らなければならない。

昨日の人権救済委員の目が光っているのではないかと、嫌な気分になった。

 

なぜ、自分の家の前を通るのに遠慮しなくちゃならないの。

 

自宅の前を通り過ぎ、一ブロック歩くと懐かしい川村さんの家の瓦屋根が近づく。

と、同時に騒がしい声が聞こえていた。中国語かなにかで喚いているような声だ。

声は、川村さんの家から発していた。

門の表札を見ると「陳」に変わっている。

 

代々ここに住んでらしたのに。突然、どこかへ引っ越したのかしら?

 

信じられない思いで、美和子は後ずさりしながら、旧川村家を離れた。

自分の家が乗っ取られたり、代々この町に住んでいた川村さんの代わりに中国人が住んでいたり。

本当にどうなっているの?

 

駅に戻ろうと、しばらく歩いていると、消え入るような小さな声で美和子を呼ぶ者があった。

 

「美和子ちゃん、、、、美和子ちゃん」

 

振り向くと、路地の陰から美和子を呼んでいるのは川村さんの奥さんだった。

「あ・・・、川村さん」

美和子は、川村さんに駆け寄った。

「どうしてらしたんですか、川村さん。ご自宅は?いつ引っ越されたんです?」

 

しっ!川村さんは、美和子を制止し路地の奥へと引っ張り込んだ。

 

「美和子ちゃん。私の家に行ったのね。」

「ええ、そうだけど。でも、川村さんはここで何を?」

「実は、昨日美和子ちゃんがトラブルに遭っているのを見たのよ。それで、きっと今日うちを訪ねてくるのじゃないかと思ってね」

昨日の人権救済委員の一件を、川村さんは見ていたのだ。

「ごめんなさいね。あの人達に巻き込まれるのが嫌で、声をかけてあげられなくて」

「ああ、そうだったんですか。それは気になさらないで。私も、私の家族がいなくなったことについて、川村さんにお伺いしたかったの」

すると、川村さんは気の毒そうな眼をして美和子を見た。

「ああ、美和子ちゃん・・・・そのことね。何と言ったらいいのか・・」

川村さんは口を濁した。

何か迷っているようだったが、思い切ったように口を開いて言った。

 

川村さんの話をまとめると、妹の涼子が3か月前に大学のサークル活動で韓国に行き、その後、数週間のうちに家族が入れ替わっていたのだという。

その後、涼子は帰らず、両親の行方も庸として知れなかったらしい。

 

「でもね、美和子ちゃん。あたし、あの入れ替わった家のお嬢さんていう人、一度会ったことがあるのよ」

「どういこと?」

「前にね、涼子ちゃんが韓国語サークルのお友達だって紹介してくれたのを、あたし覚えていてね」

「涼子のサークルの友人一家が、私たちの家を乗っ取ったってこと?!」

美和子が、思わず声を上げると、どこで誰に聞かれてるか分らないからと、川村さんが抑えた。

 

「ああ、そういえば、川村さんはなぜあの家を引っ越されたの?あの、ご主人は?」

「主人は、二か月前に亡くなりました」

「ご、ごめんなさい。でも、どうして急に。まだ、お若かったわ」

 

川村さんは、うつむきながら手に持ったハンカチをきつく握りしめた。

 

「美和子ちゃん。実は、私ね、川村じゃないの。旧姓の佐久間に戻ったの」

「まさか!」

「早合点しないで。離婚したんじゃないのよ。無理やり夫婦別姓にさせられたの」

「どういうこと?夫婦別姓法案が可決したのは知ってるけど、あれは選択制でしたわよね」

 

 

「それが、ある日突然、主人が人権救済委員の婦人部隊に呼び出されて、吊るしあげられたんです・・・なぜ、いつまでも『夫婦別姓』にしないのかと」

 

 

>>>つづく

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「夫婦別姓」と「戸籍制度廃止」 ショートストーリー(2)

【前回】のつづき>>

 

 

美和子は、その場にへたり込んだ。

戸籍が無いのにどうやってアイデンティティを証明しろというの。

 

「とにかく、この家に迷惑をかけるのはやめなさい」

人権救済委員の男二人に促され、本来自宅であるはずの家を離れるしかなかった。

こうなると行くあてもないけど、しかたないわ。そう思って、駅まで歩いた。確か駅前に小さなビジネスホテルがあったはず。

 

思い出すだけでも忌々しい、偽松永一家と人権救済委員たち。なんとかしなきゃ。

 

でも、可笑しいわ。あれほど忌み嫌っていた戸籍制度が無くなって、自分がこんなに困るなんて。

美和子は、自虐的な笑みを漏らした。

 

駅前に着くと、以前と変わらない場所にビジネスホテルが建っていた。

朝食付きで、1万2千円。入口に大きな表示があった。

 

余計な出費で腹立たしいけど、野宿するわけにはいかないもの。

チェックインを済ませ、部屋に入った。小さな部屋だけど落ち着くわ。

とりあえずシャワーでも浴びて、旅の疲れを落とさなきゃ。

 

バスルームから出ると、浴衣に袖を通した。ビジネスホテルじゃ、バスローブはないわね。

 

ベッドに腰をおろしてテレビのリモコンの電源を入れると、中国語の番組が流れていた。

日本も変わったわね。地上波で外国語の放送やるなんて。英語放送もきっとあるはずだわ。

チャンネルを替えると、今度は韓国語放送だ。

 

え?どうなってるの?

 

美和子は、リモコンのチャンネルボタンを何度も押し続けた。

どこを見ても、韓国語と中国語ばかりだ。

 

何なのこれは?このホテル、韓国人と中国人専門になっちゃったってわけ?

でも、英語もないってどういうこと?

 

美和子は、電話の受話器を取るとフロントにつないだ。

「もしもし、301号室ですけど。こちらのテレビって韓国語と中国語しかないのかしら?」

「地上波のテレビは、韓国語と中国語だけです」

さっき、フロントで受付した女性従業員の声だ。

「日本語や英語の放送は、どうなってるのかしら?」

「衛星放送ですから、有料になります」

「は?このホテル、いつから日本語の放送にお金を取るようになったの?」

「いえ、日本全国そうです。日本語は、衛星放送しかありませんから。英語は外国語放送ですので、有料です」

 

 受話器を置くと、目の前の鏡に眉間にしわを寄せた美和子が映っていた。

意味が分らない。日本にいるのに、日本語の放送が有料だなんて。

本当に、この日本はどうなっちゃったの?

 

戸惑いながらも、明日どうするかの算段を考えた。

まず、自分の家族を探さなくてはならない。

 

そう思ったものの、連絡を取れる相手もいなかった。

美和子は、学生時代から極端なフェミニズムに傾倒していたことが原因で、女友達が少なかった。

女性の地位向上を目指すフェミニズムが、何故か普通の女性には受け入れられない。

学生時代から唯一信頼できる相手だったのは、皮肉にも先輩の男子学生だった。

帰国の前に、彼に連絡を取ろうとしたが、電話はつながらず、メールを送っても配信不能だった。

どこかへ引っ越してしまったらしい。

 

しかたがない。近所で昔から親しかった川村さんを訪ねてみよう。

 

美和子は、テレビを消すと、そのままベッドにもぐり込んだ。

 

   * * * * *

 

翌朝、目が覚めると、寝る前と同じホテルの部屋にいることに気が滅入った。

昨日起きた嫌なことは全部夢で、目覚めたら懐かしい自宅のベッドにいるはず、と念じながら眠ったのだ。

 

しかし、何も変わっていなかった。

 

支度を済ませ、荷物をまとめて朝食を取りに一階に降りた。

このまま投宿しないかも知れないし、一旦チェックアウトしよう。

 

フロントでキーを渡すと、昨日と同じ女性従業員が対応した。

「2万4千円になります」

「は?私、一泊しかしてませんけど」

「はい、一泊1万2千円。消費税込みで、2万4千円です」

「な、何を言っているの?消費税率が100%だとでも?」

「お客様が昨日チェックインの時に提示された身分証明書は日本のパスポートでしたから」

「え?どういこと?日本のパスポートをIDに使うと消費税率100%?」

「はい、そうです。日本人IDはすべて消費税率100%です。」

「ちょっと待って。と、言うことは、買い物をするたびにIDを見せなきゃいけないわけ?」

「その通りです。お客様」

「あなた、今、日本人IDは消費税率100%と言ったわね。他の国籍の場合どうなのよ?」

 

「日本人以外の国籍の方は、通常の5%となっております」

 

 

>>>つづく

 

 

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【参院選直前!傾向と対策】「夫婦別姓」と「戸籍制度廃止」

■民主党 戸籍制度の根本的破壊を画策【国民主権国家日本の廃止】 090920 川上義博、松本龍
ttp://www.nikkei.co.jp/news/main/20090920AT3S1901019092009.html
戸籍制度見直しへ議連 民主有志

 戸籍制度の廃止をめざす議員連盟が、民主党の有志議員約30人により10月に発足することがわかった。
名称は「戸籍法を考える議員連盟(仮称)」で、呼びかけ人は川上義博氏、松本龍氏ら。
個人を単位とした登録制度をつくるため、戸籍法の廃止も含む見直しを提案している。 (10:16)


以下著作権なしの創作・コピペ自由>>>>

 

 

 

「当機は、まもなく成田国際空港に到着いたします。シートベルトを着用し、テーブルを元の位置にお戻しください・・・」

機内アナウンスを聞いて、私は窓の外を見た。眼下に広がる日本の地。

 

ようやく、この日本も進歩的人権大国に一歩近づいたんだわ。

 

二年前の衆議院選挙で民主党が圧勝した瞬間、私は、日本の解放と女性の解放を確信した。

そして、去年の参院選。極右勢力の妨害に遭いながらも、辛くも過半数を獲得してくれた。

 

私が、日本を離れたのは6年前。

あまりにも遅れた日本の封建的家族制度、男社会に呆れ果てて会社を辞めた。

 

自由を求めて旅立ったアメリカでは、夫婦別姓が法制化されていなかったのは意外だったけど、

進歩的白人女性は、ミドルネームに旧姓を使っていたわ。

あのヒラリー・クリントンだって、ヒラリー・ロダム・クリントンって名乗っていたし。

法整備が遅れていたのは、後進国からの移民が絶えないせいね。きっと。

あの人達は、遅れているから・・・

 

日本も、民主党政権になって革命的に社会が変わったと聞いたわ。

夫婦別姓と戸籍制度廃止だけでも、どれだけ多くの女性が救われるかしら?

夫婦が同じ姓を名乗っている限り、女は男の所有物から自立できないのよ。絶対に。

そして、戸籍制度がある限り、差別はなくならないわ。

先祖が誰かなんて、私たち現代人には何の関係もないわ。

 

あるのは自立した個人だけ。

 

そんなことを考えながら、空港からリムジンバスに乗った。

 

 

バスの中では、日本語はあまり聞こえてこなかった。

中国語や韓国語が多かったように思うけど、それだけ日本も進歩したってことね。

 

私の家族は、どうしているかしら?

 

結婚の話ばかりする考えの古い両親とは、いつまでも対立したままだったから、

ずっと連絡も取っていなかった。突然、帰ったらビックリするわね。

妹は、どうしたかしら?

今年、大学を卒業したはずだから、新社会人ね。どんな会社に勤めているのかしら?

 

あの人達も、民主党政権で世の中が変わって、私の考えが正しかったことを実感しているに違いないわ。

 

バスを降りて、周囲を見渡すと街並みは6年前とほとんど変わっていなかった。

まあ、世の中が変わったからって、街並みまでは変わらないわね。

でも、なんとなく歩いている人たちの服装がスタイリッシュじゃない感じがするけど。

 

スーツケースを引きずりながら、ようやく家にたどり着いた。

「松永」・・・・・・表札も変わっていない。呼び鈴を押した。

ドアが開いた。

「ただいま」と声をかけると、玄関に立っていたのは見知らぬ初老の男性だった。

「あら、お客様?母はどこかしら?お母さん!ただいま。美和子よ。美和子が帰ったわよ!」

奥に向かって大声で叫んだが、奥から出てきたのは見知らぬ初老の女性と20代の女性だった。

 

「ここは、松永の家ですよね?」不審に思って私は訊いた。

「そうですよ」と、男性が答えた。

「あなたがたは誰?ここに住んでいた松永さんはどこ?」

「私たちが、松永ですけど」

「何を言ってるの?私、松永の長女、美和子ですけど。あなたたちなんて全く知らないわ。父の松永陽太郎を出して!」

「私が、松永陽太郎です。これが妻の幸子。娘の涼子です」

「幸子に涼子って・・・。私の母と妹はこんな人たちじゃないわ!私の家族はどこへ行ったの?」

「知りません。私たちが松永です」

「美和子なんて娘はいませんが。あなたこそ誰?」松永幸子と名乗る女が言った。

「美和子がいない?美和子は、私よ。6年前からアメリカに留学していたのよ」

「お母さん、何この人?怖いわ」妹の涼子を名乗る女が言った。

「何を言っているの、あなたたちは。私が松永家の長女の美和子。妹はこんな娘じゃないし、だいたい、あなたたちの日本語少し変よ。日本人なの?」

 

そう叫んだとき、背後から人の気配がした。

 

振り向くと男が二人立っている。

 

「何か問題が起きているようですが。あなた、今、この一家に『日本人なの?』と言いましたね」

男の一人が、私の腕を掴んで言った。

「人種差別はいけませんね。」もう一人の男が外国語なまりで言った。

 

「何を言ってるのよ?ここは、私の家なのに家族と違う人たちが居座ってるから文句を言ってるだけじゃない!ちょっと、あなたたち警察?警察だったら、この違法行為をなんとかしてちょうだい!」私は、二人に向かって叫んだ。

「私たちは、人権救済委員です。近所からの通報を受けて駆けつけました」と、外国語なまりの男が言った。

 

人権救済委員?

そういえば、人権侵害救済法案も可決されたって聞いてたけど。

 

「私たちは、30年前からここに住んでいます」偽の松永陽太郎が言った。

「嘘言わないで!ここは、私の家よ!」

「あなた、差別的発言だけでなく、迷惑行為で『人権裁判所』へ出頭してもらうことになりますよ」

「何?人権裁判所?冗談じゃないわ!自分の家に帰ってきたら、他人に家が家族ごと乗っ取られてたのよ。被害者は私よ!」

「では、それを証明できますか?」人権救済委員の男が言った。

 

「戸籍を調べて!戸籍を調べてくれれば分るわ!」

 

「戸籍制度は、昨年、廃止されたんですよ」

 

 

>>>つづく

 

 

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茶の話(6) 韓国茶道ではなぜ急須を使うのか?

ご好評いただいております「韓国茶道はなぜ」のシリーズでございます。

 

さて、今回とりあげますのは、韓国茶道最大のミステリー「急須」でございます。

 

 

上の写真をご覧くださいまし。
手前の少女の膝前(右下の枠内)に美しい白磁の急須がございます。

 

急須は、抹茶を使用する日本の茶道では用いられない道具でございます。
なぜなら、日本の茶道が確立された時点では「急須」は存在しておりませんでしたので。

 

茶道具の変遷を考察する前に、茶の歴史の流れを簡単にご説明いたしましょう。

 

インドのアッサムから、ミャンマー北部、中国雲南、湖南を結ぶ茶樹の原産地「東亜半月弧」というものがございます。茶は、この地域から世界中に広がったわけですが、中国から日本に茶を飲む風習がいつごろ渡ってきたかは確かな資料がございません。唐の陸羽という文人が記した「茶経」を読めば、唐の時代には喫茶の習慣が確立していたことが明らかですので、日本からの遣唐使もみやげに茶を持ち帰ってと考えられております。

 

この頃のお茶は、「団茶」という茶葉を突き固めたもので、これを煎じますと茶色いお茶ができましたため、英語でいうところのBROWNを日本語では「茶色」と言うようになりました。現代でも、中国の普耳茶などには、団茶のように円盤形に固めたものがございます。

 

本邦でお茶がのまれていた最古の裏付けとなっておりますのは、奈良時代、聖武天皇の御代に「行茶」という儀式が行われたことで、この時の青磁の茶碗が正倉院に残っています。

 

茶の木が日本に移植されたのは、平安時代、最澄が唐に渡り一緒に帰国した永忠が茶の実を持ち帰り比叡山のふもとに植えたのが最初でございます。この茶の木の一部は、現在も残っており天然記念物に指定されております。
 

その後も茶は中国から輸入されて貴族や僧侶の間で飲まれておりましたが、894年に遣唐使が廃止されて茶の輸入が停止し、喫茶の風習も衰えてしまいました。

 

平安末期、栄西禅師に渡って臨済宗を日本に伝えた頃には、現在の抹茶と同等の上質の茶葉と茶を点てる作法、そのための精巧な茶道具ができておりました。1191年、栄西はこれらの茶と茶道具を宋より持ち帰り、京都の明恵上人に献上いたしました。この時、植えられた茶が京都の気候風土に適していたため、非常に上質な茶が生産できるようになり、さらに各地で茶の生産が盛んになったと言われております。

 

栄西は、茶を薬としてもとらえており「喫茶養生記」をまとめ鎌倉幕府三代将軍源実朝に献上しております。こうして茶の風習は京都から鎌倉にも広がり、禅宗と関係の深かった武士の間で大変流行いたしました。これこそが現代につながる抹茶を用いた茶道文化の原点と言えましょう。

現代よく飲まれるお茶といえば煎茶でございますが、煎茶の登場は江戸時代まで待たなくてはなりません。
 

煎茶は当初、「煎茶」と言うぐらいですから、茶を煎じて飲んでおりました。この煎じなければ抽出できなかった茶葉を蒸すことにより、「急須」に茶を入れて湯を注ぐだけで淹れられるようになったのでございます。

 

ここで、ようやく急須が登場いたしましたが、簡単に茶の変遷をまとめてみましょう。

 

団茶(奈良・平安時代)→ 抹茶(平安末期~) → 煎茶(江戸初期~)


中国の煎茶の場合、蒸す代わりに炒って発酵を止めます。この煎茶が、中国の最新流行として日本に伝わったのが江戸時代初期のことでございまして、当時、形式化された茶道に反発する新し物好きの江戸の文化人の間で大変流行いたしました。また、禅宗の一派黄檗宗の隠元和尚が、同時期に煎茶道を開いたと伝えられております。


話を韓国茶道に戻しましょう。


韓国茶道は、別名「高麗茶礼」とも呼ばれております。

「高麗茶礼」の起源(笑)は民潭新聞の記者が、「日本の茶道の作法は『詳細は省くが』高麗茶礼に何から何までソックリ」と記事に書いたのが始まりでございます。

 

この高麗茶礼をベースに確立したとされる韓国茶道で、不思議なことに「急須」が使われているのでございます。

 

これは、驚愕のミステリーでございます。

 

高麗時代は、918年から1392年。この時代は、まだ団茶と抹茶しか地球上に存在しておりません。当然、急須も存在しておりません。あったのは、茶や薬を煎じるための土瓶や鉄瓶、薬缶の類でございます。にも拘わらず、韓国茶道あるいは高麗茶礼では、美しい白磁の急須を用いるのです。

しかも、その急須は日本独特の横手急須。

 

横手急須は、注ぎ口から90度ぐらいの位置に持ち手の付いた、世界でも珍しいデザインでございます。
海外でもJapanese teapotと称して売られ、使い勝手が良いと愛好家には人気の商品となっております。

 

        横手急須(日本)

 

中国の茶壷やヨーロッパのティーポットは、注ぎ口から180度の位置に持ち手の付いた「後手」が主流でございます。

朝鮮半島の高麗青磁や白磁などのアンティークも後手か、写真のような「上手」となっております。

 

    

       中国茶壷                        紅茶用ポット                     高麗白磁酒器(アンティーク)

 
この高麗白磁のティーポットに見えるものは、実は酒器でございます。前述のように、高麗時代には煎茶はございませんでしたから、茶を飲む場合は煎じて飲むことになります。青磁や白磁は火にかけて使うことは致しませんので、茶を煎じる場合は素焼きの土瓶などを用います。というわけで、明らかに茶の道具ではございません。

 

高麗滅亡後、1392年に始まった李氏朝鮮時代には茶の風習が廃れ、代わりに木の根や陳皮、朝鮮人参などを煎じて飲むようになります。つまり、朝鮮半島における茶の歴史は煎じ続けて一千年、1910年に悪逆非道な日帝が野蛮な煎茶の文化を持ち込むまで、急須の出番はなかったのでございます。

 

韓国茶道で使われております、日本特有の横手急須は明らかに「日帝残滓」なのでございます。その日帝残滓が、14世紀末に滅びた高麗の茶礼に出現するという、韓国茶道は時空をも自在に捻じ曲げる力を持っているのでございます。


尤も、我が国にも、2008年に購入したCDとキャミソールを2007年の道知事選挙で使用するという、超時空大臣が存在いたしますが、時空の捻じれは一年ぽっちとしみったれ。

 

500年もの時空を超える、悠久の韓国茶道のミステリーをご堪能いただければ幸いでございます。

 

 

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韓国茶道(高麗茶道)シリーズ

 

茶の話(1) 茶葉の話

茶の話(2) 「相棒」杉下右京の珍推理

茶の話(3) 韓国茶道では、なぜトイレットペーパーを使うのか?

茶の話(4) 韓国茶道では、なぜ保温ポットを使うのか?

茶の話(5) 続・韓国茶道では、なぜ保温ポットを使うのか?

茶の話(6) 韓国茶道では、なぜ急須を使うのか? 

茶の話(7) 韓国茶道では、なぜトレイを使うのか?  

茶の話(8) 韓国茶道では、なぜ茶杓を使わないのか? 

茶の話(11) 韓国茶道には、なぜ流派がないのか?

茶の話(12) 高麗茶道は、なぜ廃れたのか?

 

 

 

 

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オトナの常識(4) NHKはネトウヨ!!「朝鮮通信使は寒流スター」の真意

「朝鮮通信使は寒流スターだった」

 

あら、NHKさん。あたくしも常々そう思っておりましたのよ。

あたくしと意見が一致するなんて、NHKさんたら、いつからネトウヨにお成りあそばしたのかしら?

 

それにしても、ネットの方々はNHKと聞いただけで反射的に「反日」と受け止めておられますが、それはあまりに性急と申しますもの。

NHKさんはネトウヨ歴が浅うございますから、言葉足らずで説明不足なのは否めませんが、冷静にその真意を理解して差し上げて頂きたいものでございます。

 

では、僭越ながら、あたくしが「朝鮮通信使は寒流スターだった」ことを噛み砕いてご説明申し上げましょう。

 

まず、朝鮮通信使の背景を知るために、江戸時代についてのおさらいから始めなくてはなりません。

江戸時代の社会は、「士農工商」の身分制度を抜きに語ることはできません。江戸時代の武士は貧乏だったですとか、町人の方が自由闊達に暮らしていたとか、商人が一番金持ってたなどといったことはさておきまして、武士が身分制度の一番上にいたことは確かでございます。

 

そのような身分制度の江戸の社会に、朝鮮通信使は行列を作って朝鮮半島からはるばる江戸までやってきたのでございます。

たかだか、夏祭りの仮装行列のような行列がそんなに珍しかったのか?行列なんか大名行列で見慣れてるだろう。などと言ってはいけません。

朝鮮通信使は、260年間にたったの12回しか来ていないのでございます。平均すると20年に一度も見られないのですから、伊勢神宮の式年遷宮並みの珍しさといえましょう。

 

大名行列についても、もう少し理解を深めませんといけません。

 

江戸時代、身分の低かった町人や農民は、大名行列が通り過ぎるまで土下座をしていなければなりませんでしたから、大名行列を見慣れることなど不可能だったのです。大名行列を間近に見た町人がいたとすれば、それは行列を横切ることを許された産婆だけでしょう。

 

とはいえ、大名行列は、参勤交代の大名にとってとんでもない経済的負担で、まともに行いますと現在の貨幣価値で数億から十数億のお金がかかったと言われます。徳川幕府が大名の経済力を圧迫するために行っていたものですから、当然と言えば当然です。

しかし、大名も「そうは問屋が卸さんわ」と、大名行列やったフリ作戦を展開し、最小限のお供を連れて猛ダッシュで江戸近郊まで行き、そこから人足を集めて大名行列を仕立てて江戸に入ったと言われます。江戸近郊の宿場では、大名行列専門に人を派遣する口入屋が繁盛していたとのことでございます。

 

そのような事情もございまして、大名行列もほとんど見られない江戸時代の庶民にとって朝鮮通信使の行列は、またとない見世物だったのでございます。

 

はい、ココが重要なポイントでございます。大事なことなので3回繰り返します。

 

    朝鮮通信使は見世物だった

    朝鮮通信使は見世物だった

    朝鮮通信使は見世物だった

 

庶民は、身分の高い大名の行列を見ることは許されませんでしたが、朝鮮通信使の行列は見ることが許されました。

また、通信使は大名より扱いが低く、大手門から江戸城へ入ることもできませんでした。

 

朝鮮半島くんだりから貢物を持って江戸へやってくる朝鮮通信使を庶民に見せるのは、徳川幕府の権勢誇示が目的だったと言っても過言ではございません。

国交回復だの、文化交流が目的だのと御託を並べる学者もおられるようですが、徳川将軍は政治家です。政治家の関心事といえば、古今東西、一に権力、二に経済。それほど朝鮮との国交が大事なら、経済交流のために朝鮮船を出島に入港させていたでしょう。況してや、文化交流が目的だなど噴飯ものでございます。当時、頻繁に出島を出入りしていた唐船やオランダ船から、異国の文化などいくらでも入ってまいりましたし、小中華を自認していた朝鮮の文化など、唐船の中国人が持ってくる文化の劣化版。なにしろ小中華でござますから。それが、20年に一度の頻度でしか入ってこないのでございます。朝鮮通信使は日本へ文化を伝えているつもりだった様子でございますが、実際には日本の方が何十年も先を行っていたのでございます。

 

 

この事に関しましては、朝鮮日報が2007年8月に以下のように伝えております。

 

1763年、日本の赤間関(現在の山口県下関)で、日本の儒学者瀧鶴台は、朝鮮通信使の一行を迎える席上このような言葉を発した。「世の中には、儒教ならずとも数多くの教えが存在している」「実用的な目的のためであれば、いかなる学問であっても有用に受け入れることができるのであり、今の中華主義から抜け出なければならない」という、時代を先取りした主張だった。しかし元重擧(ウォン・チュンゴ)と成大中(ソン・デチュン)ら朝鮮通信使の考えは違った。彼らは、ややもすると日本の学界が朱子学を捨てて異端の思想に溺れるのではないか、と憂慮していた。

韓・日文化交流の象徴と思われている朝鮮通信使が、18世紀の日本の思想界に訪れた急激な変化についてきちんと理解できず、その流れを把握することに後れを取った、という研究結果が発表された。韓国文学研究者の具智賢(グ・ジヒョン)博士(延世大BK21博士号研究員)が最近、学術誌『東方学志』(延世大国学研究院刊)第138集に寄稿した論文「筆談を通した韓・日文士交流の展開様相」においてこのように主張した。

 

さて、文化的にも経済的にも役立たずの朝鮮通信使が、見世物だったことはご理解いただけたと存じます。

見世物ということは、つまり、現代の寒流スターと同じ単なるパフォーマーだったのです。

 

では、パフォーマーとしての朝鮮通信使と寒流スターの共通点を見ていきましょう。

 

こちらは、京都大学所蔵の朝鮮通信使を描いた図でございます。

 

有名な図画でございますから、ご存じの方も多いかと思いますが、寒流ファンである日本の庶民から鶏をボッタクる朝鮮通信使が描かれております。

日本の寒流ファンからのボッタクリは現代も盛んに行われ、最近ではTBS「アイリス」のイベントでS席料金をボッタクられたファンが屋根裏のような末席に追いやられた事件が記憶に新しい所でございます。その他にも、数万円のコンサートチケットを買って出かけたら、お目当ての寒流スターは現れず、見たことも聞いたこともない無名の寒流のパフォーマンスを延々と見せられたという話も多く、ボッタクリの例は枚挙に暇がございません。

 

今も昔も、寒流スターのファンからのボッタクリは変わらないようでございます。

 

一方、寒流ファンといえば飽きっぽく冷たいのが特徴で、NHKが冬ソナであれほどの高視聴率を稼いだのも今は昔。TBSが巨額の制作費をつぎ込んだアイリスの視聴率は惨憺たる有様。この点も共通するようでございます。

 

朝鮮通信使が寒流スターで、江戸の庶民が寒流ファンなら、ブロマイドの一つや二つ残っているはず。当時のブロマイドといえば浮世絵でございますが、歌舞伎の人気俳優や吉原の花魁の浮世絵が残っているにも拘わらず、寒流スター朝鮮通信使の肖像は一枚も無し。あるのは顔の判別すらつかない、行列の全体像のみ。それどころか、寒流スターの名前すら残っていません。寒流ファンは今も昔も冷たいものです。

 

寒流スターの方はと申しますと、日本についてこんな日記を残しています。

 

朝鮮通信使・金仁謙著『日東壮遊歌』

 

1764年2月3日 名古屋
街の繁栄、美しさは大阪と同じだ。 凄い。
自然の美しさ、人口の多さ、土地の豊かさ、家屋の贅沢さ…この旅で最高だ。
中原(中国の中心地)にも無い風景だ。
朝鮮の都も立派だが、名古屋と比べると、とても寂しい。
人々の美しさも最高だ。
特に女性が美しい。 美しすぎる。 あれが人間だろうか?
「楊貴妃が最高の美人だ」と言われているが、名古屋の女性と比べれば、
美しさを失うだろう。
(帰路にて)
名古屋の美人が道を歩く我々を見ている。
我々の一員は、名古屋の美人を一人も見逃さないように、
頭を左右に必死に動かしている。

 

あら?

必死になって日本女性を見ていたのは、寒流スターの方だったようですわね。

 

 

【寒流スター】かんりゅう・すたー

韓国出身のアイドル、俳優、歌手、モデルなどの総称。ファンから金をボッタクるのが特徴。

ほとんど売れていなくても、日本のマスコミがバックアップしてくれるため、ほとんどがスターになれる。

ボッタクリ・コンサートでは、ブラックマネーを還流させているという噂もあり、還流スターと表記する場合もある。

(世界芸能辞典より)

 

茶の話(5) 続・韓国茶道ではなぜ保温ポットを使うのか

表千家が済州で実演会=韓日茶道文化交流イベント

済州市涯月邑光令1里にある陶磁器文化博物館「済州窯」(キム・ヨンス代表)で24日、日本の伝統的な衣装である着物を身に着けた女性が正座し、厳粛な雰囲気の中、白い茶菓子を客のために一つ一つ丁寧に取り分けた。

 

続いて、着物姿の男性が、飯椀よりはやや大きめの茶碗に抹茶と熱湯を注ぎ、泡を消した後、客に茶を差し出した。茶碗を受け取った客は、茶碗が)全員に行き渡るのを待たず、横の人に軽く黙礼した後、両手で茶碗を持ち茶を口にした。この日、日本茶道の宗家・表千家の吉倉虚白宗匠と弟子10人余りが済州を訪れ、茶道を実演する茶会を開いた。このイベントは、韓国と日本の茶道文化交流イベントの一つとして企画されたもの。

 

表千家は、裏千家、武者小路千家と並ぶ日本の茶道3大流派の一つで、およそ400年間、日本の茶道の伝統を守り、礼法を受け継いでいる。

 

吉倉虚白宗匠は、「茶道は主人と客が対等に、互いに尊敬し合い、澄んだ心を持ち、静けさの中で礼儀を守って進めていくもの」と語った。これに先立ち表千家の一行は、済州窯で茶碗38点の製作にも参加した。表千家の茶会の後、ソンビ(学者)の服装や韓服を身に着けた韓国茶道協会済州支部の会員15人が、韓国式の茶道を披露したほか、クォン・サンヨル国立済州博物館長による「韓国の器の話」と題した講演も行われた。なお、この日のイベントには、先の統一地方選挙で済州道知事に当選した禹瑾敏(ウ・グンミン)氏や明知大茶道大学院茶文化課程の学生15人も参加し、韓国と日本の茶道を比較体験した。 

オ・ジェヨン記者 朝鮮日報/朝鮮日報日本語版

    < "`∀´>  裏千家はメジャーすぎて、捏造がバレるニダ。こんどは表千家をパクるニダ。
 

近年、日本と韓国の文化交流(という名のベンチマーキング)も盛んに行われ、真に喜ばしいことでございます。

 

さて、朝鮮日報のこの記事に気になる記述がございます。

「茶碗が全員に行き渡るのを待たずに茶を口にした」とありますが、日本の茶道では「一つの碗の茶を皆で分かち合う」ことを基本と致しておりますので、茶が全員に行きわたるのを待つということは不可能なのでございます。濃茶の場合は、一つの茶碗で練った茶を客が順々に回していただくきます。薄茶の場合、客は茶をいただいた後、茶碗を亭主に返し、亭主は同じ茶碗を使って次の客の茶を点てることになります。

 

ただし、大寄せの茶会の薄茶に限りましては、時間の関係上、正客と次客ぐらいまでを亭主が点て、後は水屋で点てられた茶をお出しするような段取りも見られます。それでも、次の客の茶碗が出されるのをお待ちすることはありません。なぜなら茶は飲みよい温度で出されますので、次の客をお待ちするとせっかくのお茶が冷めてしまうからです。ですので、次の客に「お先に」と挨拶して頂くことになります。

 

韓国茶道は、お茶が全員に行きわたるまで飲むのを待つのでしょうか?だと致しますと、韓国茶道のコンセプトは日本の茶道のコンセプトとは全く異なるものなのでございましょう。

 

さて、本題の「韓国茶道では、なぜ保温ポットを使うのか」というより「日本茶道では、なぜ保温ポットを使わないか」の続編でございます。

 

前回は、炉や風炉の炭火もお客様へのおもてなしの一部というお話をいたしましたが、保温ポットが日本の茶道で用をなさないもう一つの理由をご説明申し上げましょう。

 

 

炭火と茶釜の組み合わせにできて、保温ポットにできないことはなんでしょう。

 

はい、湯の温度を上ことでございますね。

 

 

茶会では、濃茶と薄茶の両方をお出ししますが、濃茶と薄茶では美味しく頂ける温度に違いがございます。

濃茶は低めの温度、薄茶は高めの温度なのですが、茶会では懐石→濃茶→薄茶の順に行いますので、薄茶を点てる際に湯の温度を上げる必要がございます。

 

日本の茶道のお手前では、茶釜の蓋を開けたり閉めたり、炉と風炉で作法が違ったりと、お茶をなさらない方には「意味わかんねーよ」と思われる動作が多くございますが、実はすべての動作に意味がございます。

 

茶釜の蓋を開けたり閉めたりするのは、湯の沸き加減を調節しているのでございます。夏場の濃茶の場合、チンチンに沸騰したお湯に水を一杓差した温度が丁度良いとされております。水を一杓差すのは、蕎麦などを茹でる時に入れるビックリ水と同じ発想でございます。昔は竈で煮炊きしておりましたので、火加減の調節が難しいため、水を差して温度を下げておりましたが、現代のガスコンロなどでは温度調節が自在ですので、蕎麦を茹でる際にビックリ水を差す必要はございません。コンロの栓をお回しください。

 

湯の沸き加減は、暑い夏場と寒い冬場では変わってきます。

 

冬場は、茶釜の蓋を直前まで閉めておき、充分に沸き立たせてから濃茶を練ります。

夏場は、茶釜の蓋は開けたままにして置き、水を一杓差して濃茶を練ります。

 

            水差しと柄杓

 

このように、水を差すことを「湯相を整える」と申しますが、薄茶の場合は湯相を整えることは致しません。

茶釜の蓋が開いた状態で沸いているお湯をそのまま汲んでお薄を点てます。

 

ウリナラ茶道におきましては、以前抹茶をお使いのようでしたが、ウリナラの歴史に抹茶を飲む習慣はないと指摘されて以来、中国茶に似た煎茶を用いておりますため、炉や茶釜は必要なく、保温ポットでどなたでもお手軽にお茶を淹れることができるのでございます。

中国の功夫茶とどこが違うのかというツッコミは、この際お忘れいただき、ウリナラ茶道を存分にご堪能いただければと思う次第でございます。

 

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韓国茶道(高麗茶道)シリーズ

 

茶の話(1) 茶葉の話

茶の話(2) 「相棒」杉下右京の珍推理

茶の話(3) 韓国茶道では、なぜトイレットペーパーを使うのか?

茶の話(4) 韓国茶道では、なぜ保温ポットを使うのか?

茶の話(5) 続・韓国茶道では、なぜ保温ポットを使うのか?

茶の話(6) 韓国茶道では、なぜ急須を使うのか? 

茶の話(7) 韓国茶道では、なぜトレイを使うのか? 

茶の話(8) 韓国茶道では、なぜ茶杓を使わないのか?

茶の話(11) 韓国茶道には、なぜ流派がないのか?

茶の話(12) 高麗茶道は、なぜ廃れたのか?

 

 

高麗茶道 

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