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朝鮮半島が日本の茶道に何の影響も与えていない、明らか過ぎる証拠

前のエントリのコメント欄で、相模様への返信として書いたのですが、

 

茶道具のコレクターを「数寄者」と言います。

 

「すきしゃ」と読みます。「スキモノ」ではありませんwww

 

 

ですが、数寄という言葉は、「好き」という言葉に別の漢字を当てたものですので、「スキモノ」でも当たらずとも遠からずです。

 

「好き」を「数寄」と書くとか、なんだか「四六死苦」みたいなノリですが、「スキ」という音に「数を寄せる」という字を当ててコレクターを表すって、結構、良くできた言葉なんですよ。

 

 

そんな数寄者は、オタクなスキモノとでも言いましょうか、とりわけレア物集めが大好きです。

 

もちろん有名作家の高価な作品にも食指を動かされますが、世界中にコレ一つしかない系には目がありません。

 

オレだけが持っている世界で唯一の茶道具を、ライバルの数寄者達に見せびらか・・・口が滑った。お客様にご覧いただく茶席は、オタクの集う超小規模なコミケ会場のようなもので・・・って全然フォローになってないです、数寄者の皆様すいません。

 

 

そんな茶道具オタク、もとい、数寄者がどのくらい変態・・・じゃなくてエキセントリックな趣味をお持ちかと言うと、

 

 

間違っても二つと同じものを作れない、欠けた茶碗を金接ぎで修復したものとか、

 

 

 

 

やつれ鉢と称して、端の欠けた鉢をそのまんま使うとか、

 

 

 

 

原型をとどめない、壊れ放題の風炉に茶釜をかけるとか・・・・・・

 

(写真:いずれも阿部宗正著「茶席の会話」より拝借)

 

 

茶席でこういったものを用いては、ライバルの数寄者に

 

「大変お珍しいお茶碗で・・・」

「やつれ具合に風情のある菓子鉢で・・・」

「何ともいえぬ趣のある風炉で・・・」

 

などといった賛辞を強要・・・いや、なんでもありません。

 

そのような賛辞を浴びながら、オタク数寄者は、今日の茶席の趣向にこんな道具取り合わせちゃうオレカッコイイ的な、奇妙な満足感に満たされるのであります。

 

 

 

ここまでくれば皆様も、朝鮮の陶工や高麗茶碗が安土桃山時代の数寄者に、なぜ持て囃されたかおわかりの事と存じます。

 

まあ、あまり多くは語りますまい・・・

 

 

因みにこちらが、当時開発された代表的高麗茶碗の井戸茶碗。

 

 

どうみても、庶民がメシをガッツくための茶碗です。

 

 

 

ところで、前のエントリで唐物、国物、高麗物、島物といった分類をご紹介しました。

 

なぜこのような分類になっているかという経緯を話せば、

 

中国から茶が伝わった当初、唐物と呼ばれる中国からの輸入品の道具を用いて、それに合わせて考案された点前をしていました。

やがて、高価な舶来品を使い華美を競う傾向が強まると、それに反発して「侘び茶」が起こります。

 

侘び茶では、素朴な国産の道具を使うようになり、点前も簡略化されていきます。

 

つまり、唐物と和物(国物)では、お点前が違うのです。

そのため、唐物と和物を明確に区別するようになったのです。

 

 

 

 

現在でも、唐物を用いた場合は、中国伝来当時に考案された複雑なお点前をします。

これは、間違いなく茶の湯が中国から伝わったことを示しています。

 

茶の湯には様々なお点前がありますが、そのいずれもが、世の中の変化などの「影響」により考案されたものです。

 

もっとも大きな変化が起きたのは、和物を使う「侘び茶」が発達した室町時代後期と、西洋人が流入してきた幕末です。

 

幕末に考案されたものの代表として、机と椅子を用いた立礼式があります。

これは、正座に慣れない西洋人にも茶の湯が可能なようにと考案されたものです。

 

また、西洋人のピクニックの習慣に合わせて、茶箱点前が季節に合わせた形にまとめられました。

 

このように、様々な「影響」により、新しい点前が考案され、古い点前の改編が行われてきたのが茶道の歴史でもあります。

 

 

 

ところで、皆様もご存じの通り、朝鮮半島人はよく「茶道の起源は韓国」だの「韓国の茶禮が日本の茶道に影響を与えた」だの「朝鮮の陶工が茶道文化を形成した」だのと寝言を垂れていますが、「影響」を与えたというわりには、

 

 

高麗物専用のお点前は、一つもありませんwww

 

 

 

 

 

 

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高麗茶碗こそ、朝鮮半島が日本の茶の湯に何の影響も与えていない証拠

前のエントリでは、司馬遼太郎先生のズバ抜けた創作力の罪深さについて触れました。

 

が!しかし、司馬先生は、あくまでも小説家なのであって、歴史家ではないわけで、先生が書くのは、時代小説であって歴史書ではありません。やはり、そこんとこをしっかり理解してない読者の罪深さ、創作エッセイをノンフィクションであるかの如く出版する編集者の罪深さの問題でしょう。

 

 

というわけで、本日のお題。

 

「高麗茶碗こそ、朝鮮半島が日本の茶道に何の影響も与えていない証拠」

 

 

さて、「強制連行(笑)」はさておき、文禄慶長の役の2年後に朝鮮の陶工が多数、日本に渡ってきたことは事実でありまして、また、それ以降、日本の陶器の技法に多くのバリエーションが生まれた事も事実でございます。

 

このように書きますと、当時の朝鮮の陶工はさぞかし優れた最先端技術を持っていたのだろうと「勘違い」なさる方も多いかと思います。

 

しかし、前のエントリで書きました通り、当時の朝鮮の陶工の仕事と言えば庶民向けの日常雑器作り。精巧な高麗青磁が廃れて、100年以上も経とうと言う頃です。

 

それでも、陶工たちは高麗青磁の技法を細々と伝えてはいたのですが、やはり、当時の日本の茶人の目に留まったのは彼らが量産していた「日常雑器」でした。

 

その日常雑器が、なぜ茶人を魅了したかと言う話は後ほど説明いたしますが、その前に、たかだか日常雑器の技術ごときで、どのように日本の陶芸の技法のバリエーションが広がったのかをご説明いたしましょう。

 

 

ものづくりに携わる方はご存じのことと思いますが、ものづくりの技術は「より端正に、より精緻に、より美しく」進んでいく傾向があります。やきものの歴史も同じで、荒々しい手触りの陶器から、なめらかで光沢のある磁器に変遷していったことはどなたもご存じのことと思います。

 

日本のやきものの一大生産地である愛知県の瀬戸では、12世紀からすでに表面に光沢をあたえる施釉陶器が作られていました。磁器生産の開始こそ17世紀に入ってからですが、瀬戸ではそれ以前から陶器でありながら磁器の風合いに近い繊細なやきものを大量に生産しておりました。

地方によっては、備前焼や信楽焼のように素焼きの風合いを生かしたものを特産としている所もありましたが、その素焼きでさえ常滑焼のようになめらかさを極めたものが作られるほどでした。

 

朝鮮の陶工が日本へ渡ってきたのは、日本人がより繊細でなめらかな陶器を追い求め、日本の陶工たちが腕を競い合っていたそんな頃。

 

彼らのもたらした陶器は、粉引きのようなマットな感触の白化粧や、ざんぐりとした素朴な風合いの素焼き、大胆な刷毛目、朝鮮唐津に見られるかりんとうの表面のような釉薬使いなど、技術的にはむしろ後退するようなものでした。唯一、精緻な技巧といえば、細々とつないできた高麗青磁の技法を応用した三島象嵌。

 

ところが、この素朴な風合いが当時の日本人には却って新鮮に映ったのです。

 

それは、写実的な絵画の技術が極限まで高められた後に、抽象的な絵画がもてはやされるのと同じような現象と言えましょう。

 

 

つまり、当時の日本では、朝鮮の陶工により、むしろ技術的には後退した陶器が量産されたと言えますが、同時に、前衛芸術のような「おもしろい」技法が次々と生み出されたとも言えます。

 

 

さて、ではなぜ当時の日本の茶人は、競うようにそのような陶器を求めたのでしょうか。

 

 

茶の湯の世界では、陶器を「唐物」「国物」「高麗物」「島物」と分類しています。

 

「唐物」は、読んで字のごとく中国より伝来したものですが、より具体的に言うと、天目茶碗などの中国から茶が伝わった当時のデザインの物を指します。つまり、国産の「唐物」もあります。

 

「国物」または「国焼き」は、侘び茶の発達により高価な唐物に代わり、侘び茶に適した国産の焼き物をという気運から茶の湯に採り入れられた国産品です。

 

そして、「高麗物」は朝鮮半島産、「島物」は琉球や東南アジア産のものを指します。

 

 

茶の湯の世界では、道具に関して「お珍しい」というのが最大の賛辞となっていますが、これは、珍しい物をセレクトした亭主のセンスを褒めているのです。

これは、外国産だから良いとか、安ものだからダメだということではないのです。

どんなものでも唯一無二の物で、その茶席に最適のものであるのが素晴らしいとされます。

 

つまり、茶人は高麗茶碗だからという理由で選ぶのではなく、茶席に適した茶椀であれば、ベトナムの安南だろうが、ポルトガルのおらんだ焼(笑)だろうが産地など二の次なのです。

 

茶人でもあった毛利輝元が、李兄弟を囲い込んで萩焼を作らせたのも、高麗茶碗が欲しかったのではなく「毛利家門外不出の茶碗」が欲しかっただけなのです。

 

すでに腕の良い陶工を抱えていた茶人は、特に朝鮮の陶工に拘りませんでしたし、利休お抱えの楽長次郎は明の陶工を父に持つ日本人でした。

 

 

 

というわけで、「文禄慶長の役を別名やきもの戦争という」というフレーズは真っ赤なウソです。

後世の人間が勝手にそう呼んでいるだけで、そんな記録はどこにもありません。

 

 

 

 

次回は、「朝鮮半島が日本の茶道に何の影響も与えていない、明らか過ぎる証拠」をお送りします。

 

 

 

 

 

司馬遼太郎も結構罪深い奴なんである

前のエントリでご紹介した、在米バ韓国人が意味不明な妄想を米国の教科書に記述させようと必死な件ですが。

 

*****

韓人教育専門家たちはこの法案が成立した場合、以下の様な新しい韓国記述内容が含まれると期待している。

▲韓国の陶工が日本に渡って日本文化形成に寄与した。

▲東アジア思想と文物を韓国が日本に伝えた。
韓国は1980~90年代、大きな経済成長を成し遂げ、現在のインターネットおよび情報技術(IT)産業の主導的な役割をする国家

 

******

 

どうせ、「東海」表記の要求と同じで、米国人に蹴っ飛ばされるのが関の山と思いますが。

なんたって「韓国は1980~90年代、大きな経済成長を成し遂げ」なんてのは、米国や日本の経済援助によるものと米国人が知らないわけないわけで。

 

でも、せっかくなので、弄ってやりましょう。

 

 

というわけで、今日のお題はこちら!

 

▲韓国の陶工が日本に渡って日本文化形成に寄与した。

 

 

始めに結論を申し上げましょう。

 

× 韓国の陶工が日本に渡って日本文化形成に寄与した。

 

○ 安土桃山時代の空前の茶の湯ブームが、朝鮮の失業者を救済した。

 

 

日本の安土桃山時代といえば、朝鮮半島では高麗を滅ぼした李氏朝鮮が確立して150年以上も経過したころ。

明の属国として、中国文化というより中国の悪弊を忠実に、というか劣化あるいは悪化させて採り入れて浸透しきった頃。

科挙による官僚制度で、腐敗しきった王族、上流階級のみならず、搾取に苦しみまともに働くなんてやってらんねーやと、下層階級まで碌に仕事もしなくなるという、まあ、現在の朝鮮半島とさして変わらぬ状態にありました。

 

そんな中、権謀術数で政敵を嵌めたり、自分が嵌められたりした上流階級が、中国を真似て毒殺防止に採り入れたのが金属食器。

 

とはいえ、中国で使われた銀食器とは異なり、真鍮だったりするんですけどね。

 

それで、毒が見破れたのかどうかは、わかりませんが、本人たちが満足ならケンチャナヨ。

 

 

というわけで、その結果、大量に発生したのが元陶工の失業者。

 

高麗時代には、高麗青磁という精巧な磁器を作っていたんですが、そんな高級品の需要が無くなり、日常のつまらない雑器ばっかり作らされていたんですねぇ。気の毒に。

 

 

そこへ登場するのが、豊臣秀吉による朝鮮出兵でやってきた日本の大名たち。そして、彼らによる「強制連行(笑)」・・・

 

と思ったら大間違い。

 

朝鮮の陶工は、秀吉の朝鮮出兵より以前から職を求めて日本に来ていたんですねぇ、これが。

 

その証拠に、朝鮮出兵の前年に切腹させられた千利休の所持品に、唐津焼の一種である奥高麗茶碗が含まれていたのです。

つまり、朝鮮出兵以前から朝鮮の陶工は日本に来て、すでに新しい焼き物を開発していたのですねぇ。

 

唐津焼や伊万里焼は、朝鮮出兵の時に「強制連行(笑)」された朝鮮の陶工によって技術が伝えられて云々って言うのが、朝鮮人の主張なわけですが、

 

 

これだと、唐津焼や伊万里焼に関しては、「朝鮮の陶工が技術を伝えた」あるいは、「強制連行」のどちらかがウソって事になってしまいますねぇ。

まあ、事実や証拠なんざ関係ないウリナラ史観ですから、矛盾が発生するのも当然なんですが。

 

 

実際には、唐津には「古唐津」というルーツがあって、これは唐津市の南方にある岸岳に城をかまえていた波多氏が、早くから大陸へと勢力を伸ばして技術を取り入れたという経緯があります。名前が波多氏というぐらいですから、まあ中国とは昵懇の間柄だったのでしょうねぇ。朝鮮よりも。

 

いつの頃からか、一説によると司馬遼太郎が「故郷忘れじがたく候」という『創作的エッセイ』を書いた頃からとも言われているが、日本の陶芸関係者に拘わらずどいつもこいつもだが、日本の陶器のルーツというと「慶長文禄の役」で完全に思考停止してしまうバカばかりになりました。

 

 

「創作」と「史実」の違いも理解できないって、まるで某国人のようですが、バカなの?死ぬの?

 

 

 

慶長文禄の役の後、唐津焼をはじめ日本の焼き物にバリエーションが広がったのは確かです。

唐津の窯では、昔からの陶工と朝鮮から渡ってきた陶工により、新たな技法が次々と生み出されています。

 

また、新しく生まれた焼き物として有名なところでは、毛利輝元に仕えて御用窯を務めた李勺光・李敬兄弟による「萩焼」があります。

それにしても、「強制連行」されてきた割には、「坂高麗左衛門」の名を賜って御用窯を務めさせてもらうとか「破格の待遇」ですねぇ。

 

司馬遼太郎の創作エッセイのモデルで、薩摩に渡った陶工「沈壽官」の初代沈当吉は、遠い異国の地で辛い生活を送っていたとされる割には、第一次朝鮮通信使の「帰国」の呼びかけに応じることなく、なぜか代々日本でご活躍でございます。

島津藩主からは、沈当吉に士分を与えられ、門を構えて塀を張り巡らすことを許されたにも関わらず、「名前を変えるな」と命令されたとゴタクを述べているようですが。

 

朝鮮人ってのは、面倒くさいですなぁ。

 

朝鮮名を名乗らせれば、「名前を変えるなと命令された」

 

日本名を許可すれば、「名前を変えさせられた」

 

とか、やってられんわ。アホ。

 

 

 

このようにして「強制連行(笑)」された朝鮮の陶工たちは、茶の湯ブームに沸き立つ日本で、自由気ままな創作を許され、様々な焼き物の技法を生み出していくのでありましたが、そのころには「やきものインフレ」を起こし、最先端の茶人にとっては「お珍しいお道具」でもなんでもなくなってしまいましたとさ。

 

 

 

次回は、「高麗茶碗こそ、朝鮮半島が日本の茶の湯に何の影響も与えていない証拠」をお送りします。

 

 

 

 

朝鮮半島とは、仕入れルートで品質が劣化する品ぞろえの悪い店である

1 蚯蚓φ ★ 2012/03/22(木) 00:17:57.89 ID:???

 

カリフォルニアの小・中・高歴史教科書に韓国の歴史を反映する法案が再推進されて関心が集まっている。

 

ロニ・ハンコック(9地区) 州上院議員は先月24日このような内容のSB1540法案を発議した。
この法案は去年、ハンコック議員が発議して通過した‘新しい教科書導入法案’(SB300)を補完する法案でカリフォルニア内の小・中・高校で使う歴史と社会科学教科書の内容を改正する内容を含んでいる。

この法案が通過すればこれまで教科書に含まれなかった韓国の歴史と文化が新しく書き換えられるようになり、小・中・高校生の韓国に対する理解を高めることができるようになる。

韓人教育専門家たちはこの法案が成立した場合、以下の様な新しい韓国記述内容が含まれると期待している。

 

▲韓国の陶工が日本に渡って日本文化形成に寄与した。


▲東アジア思想と文物を韓国が日本に伝えた。
 

韓国は1980~90年代、大きな経済成長を成し遂げ、現在のインターネットおよび情報技術(IT)産業の主導的な役割をする国家

 

昨年、州議会を通過した‘新しい教科書導入法案’(SB300)は当初、歴史および社会科学部門と科学部門の全ての教科書を改正する内容を含んでいたが、予算の問題で歴史および社会科学部門が削除され韓国の歴史および文化を反映する修正教科書導入の期待は失敗に終わった。

ハンコック議員が今回発議したSB1540法案を通じて昨年削除された歴史および社会科学部門でも新しい教科書導入が可能になれば教科書の記述が不十分な韓国などの歴史と文化部門が修正補完できるというのが専門家たちの説明だ。

コーナー代表はこの法案が州議会を通過するためには韓人らが参加して積極的に法案支持の意志を明らかにすることが多いに役立つと説明した。(後略:連絡先と連絡方法)

 

ソース:コリアタイムズ(韓国語) ‘韓国歴史加州教科書反映’再推進
http://www.koreatimes.com/article/718771

 

 

 

いやはや、どっからツッ込んだらいいのやら。かの国の妄想大爆裂ってところですか?

 

 

じゃ、ちょっと軽くこの辺りを弄ってやりましょうかねぇ。

 

▲東アジア思想と文物を韓国が日本に伝えた。

 

 

あー、それ無理だから。

 

物理的に無理だから。

 

え?朝鮮半島は、日本に一番近い?

 

確かに、そうですけどねぇ。問題は、中国から朝鮮半島に文化が伝播する速度なんですよ。

 

わかります?朝鮮半島には、車輪を作る技術がなかったわけで、なんでもかんでも人間がえっちらおっちら担いで歩いて運んでいたわけなんですねぇ。

 

まあ、たまにゃー牛なんか使ったかもしれないけど、長距離移動できる手段じゃないしねぇ。

 

 

それでも、日本人みたいに好奇心旺盛で、何でもかんでも採り入れようと言う精神がある民族なら、中国以西の文化をもれなく伝えようと努力しただろうけど、いや、そんな好奇心旺盛なら、車輪の一つや二つ簡単に作れたはずなんです。

 

なにより、遣隋使や遣唐使はいても、遣高句麗使とか遣新羅使とかいなかったのは、大陸の盲腸みたいな半島はよっぽどつまんなかったんですよ、当時の日本人にとって。

 

 

歴史の教科書じゃ、「白村江の戦い以後、朝鮮半島との関係が悪化」して、中国直行ルートで交易を始めたとか書いてあるんです。

 

優しいですねぇ。日本の教科書は、朝鮮人に対して。

 

 

本当は、

 

「朝鮮半島の連中なんて、遅れててダッセェ」とか

 

「あいつらのセレクションてセンス悪いんだわ」とか

 

「お経ゲットするなら、船で中国行った方が早くね?」とか

 

「半島じゃ、ペルシャの瑠璃とか手に入らないじゃん。つまんねーの」とか

 

「あいつら、未だに無地の着物なんか着てるんだぜ。今は、唐草模様だろ」とか

 

「ガンダーラの仏像、超イケメンwww」とか

 

「シルクロードから渡ってきた美女、最高」とか、

 

まぁそんなところですよ。

 

 

 

仕入れルートで品質が劣化する上に、品ぞろえも悪い店に行くぐらいなら、誰でも直接、問屋や生産者の所に行きますよ。

 

 

なにしろ、当時の最速の交通手段は「船」だったんですから。

 

 

 

次回は、この辺を弄ってやろうかなww

 

▲韓国の陶工が日本に渡って日本文化形成に寄与した。

 

 

某国製バカーナビで海に突進

日本人観光客が豪州旅行 GPSを信じて海に突進

 

3人の日本人観光客がGPSカーナビゲーションの指示により、オーストラリアのある小島を目的としてレンタカーを運転していたところ、海に500メートルも入り、とうとう、前に進めなくなった。

 

3月14日ごろ、日本の東京からオーストラリアへ旅行していた3人がクイーンズランド州のMoreton Bayから自動車でNorth Stradbroke Islandまで観光。出発する前、3人が借りたヒュンダイ自動車にカーナビを設置して、指示により目的地まで運転するつもりだった。

しかし、出発後のまもなく丈夫だった地面がだんだんぬかるみになったと気づいたが、GPSシステムを信じて500メートル運転して進んだ。最後に泥沼に陥ってストップさせた。

 

もっとひどいことに海は満潮になりはじめており、この自動車はだんだん水没して、自ら助から
ないとわかり放棄して、車を下り救援を待っていた。午後3時、現地の救援スタッフが現場に到着、自動車を海から引っ張り出した。浸水状況は深刻で、レンタカーは徹底的に破壊された。

観光客の野田ゆうこさんがいうには「ずっとカーナビの指示で進んでいた。カーナビは繰り返していうので、きっと私たちを目的地まで導くと思っていた」といった。外は海なのにずっと運転し続けたのかという質問には、「オーストラリアにいた数日間、ずっと雨が降っていた。ぬかるむ地面は雨のせいだと思っていて、そこがもう海だったことに全然気づかなかった」と説明した。

 

チャイナネット 2012/03/20
http://japanese.china.org.cn/jp/txt/2012-03/20/content_24941038.htm

 

 

18:<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん:2012/03/20(火) 19:32:59.73 ID:yvj9TXJ/
 これでわかったろ?ネットじゃKPOPブームないない言ってるが、どう考えても周囲の情弱もしくはリア充どもで人生楽しんでるやつは嫌韓など意識してない。


38:<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん:2012/03/20(火) 19:40:49.51 ID:jxV26Z0o
>>18
韓国車なんかに乗る奴はクソ間抜けな大馬鹿野郎だけだってこったな。
 

 

 

さてさて、超ひさしぶりの更新でございます。

ぼちぼち復活したと思ったら、またまたタコ部屋状態でこの有様でございます。

コメントなど下さった皆さまには、誠に申し訳ございません。

 

冬眠から覚めたアナグマ状態で、発見したのがこの記事でございます。

 

なんということでございましょう。

韓国製のカーナビなど、道に迷うために使うようなもの。以前にも、バ韓国人が自国のカーナビで訳のわからんジャングルに迷い込んで救援されていましたねぇ。とはいえ、日本のクソバカマスゴミは、このような情報は伝えませんので日本人観光客がこのような被害に遭うのも無理からぬこと。

 

ところで、記事の下をお読み頂くとお分かりのとおり、某掲示板にこの件に関して正反対の2つの意見が書き込まれているのでございますが。

 

えー。どちらも、間違いでございます。

 

 

この日本人観光客らは、「嫌韓など意識していない」からバ韓国車をレンタルしたわけでも、「大馬鹿野郎」だったからバ韓国車に乗ったわけでもありません。

 

ましてや、豪州のレンタカー市場でバ韓国車が人気な訳でもありません。

 

 

豪州に限らずですが、海外のレンタカーで真っ先に借りられていくのが日本車です。特にトヨタのハイラックスは大人気です。

 

その次に捌けるのが、フォードなどのアメ車とGMとの豪州合弁企業ホールデンです。

 

それで、最後まで残っているのが世界でも「大不人気」ヒュンダイ車なわけで。

 

人気の日本車やアメ車、豪車は、長期休暇取得可能な豪州人に抑えられて、余程の閑散期でもない限り、昨日今日のこのこと短期休暇でやってきた日本人観光客などが借りられるものではございません。

 

そのような事情で、いつでも借りられるヒュンダイ車に乗らざるを得ないわけですね。

 

 

というわけで、皆さま。怖いもの見たさでバ韓国車に乗ってみたいという肝試しファン以外は、海外でのレンタカーのご予約はお早めに。

 

 

 

 

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