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【バカ丸出し】19世紀のウィーンで寒流熱風

韓国のバレエ作品、19世紀に欧州で公演

 

『コリアの花嫁』史料発見、日本の侵略が題材

『蝶々(ちょうちょう)夫人』や『トゥーランドット』よりも先に欧州の観衆を魅了した作品があった。


 19世紀に芸術の都オーストリアウィーン韓国人の愛国心を素材にしたバレエ作品『コリアの花嫁(Die Braut von Korea)』が5年間にわたり公式レパートリーとして公演され、人気を集めていたことを示す史料がこのほど発見された。東洋に対する関心が高まっていた欧州で日本を舞台にした『蝶々夫人』(1904年)、中国を題材にした『トゥーランドット』(1926年)よりも前に、韓国的な素材が欧州の観衆に愛されていた事実が確認されたことになる。

 

■115年前の「韓流

 ベルリン自由大韓国学科研究員のパク・ヒソク博士は、韓国学中央研究院の韓国学振興事業団から支援を受け、ドイツ・フランクフルトにあるクラシック専門出版社の倉庫で『コリアの花嫁』の楽譜を発見した。楽譜は1897年の制作で4幕9章、543ページから成っており、全ての楽器の楽譜と指揮法が記録されていた。

 楽譜と共に発見されたあらすじ(15ページ)によると、日本の侵略を受けた朝鮮の王子が国を救うために戦場に向かい、王子を愛する朝鮮人女性が命懸けで戦場に身を投じるストーリー。時代的背景は日清戦争(1894-95)と推定される。登場人物はコリアの王子、王子を愛する女性、愛の女神、日本軍の将軍、コリアの将校、義兵、歩哨、妓生(キーセン)などだ。当時は指揮者用の総楽譜が1部しか作成されなかったため、今回発見されたものが唯一の原本とみられる。

 作曲家はオーストリア宮廷バレエ団長だったヨーゼフ・バイヤー(1852-1913)で、脚本はヨーゼフ・ハスライター、ハインリヒ・レゲルの2人。彼らがなぜ韓国に関心を持ったかは不明だ。表紙には着物姿の女性、太極旗(韓国の国旗)を掲げた帆船が描かれている。


■5年間続いた公演

 初演は1897年5月22日に当時のウィーン帝立・王立宮廷歌劇場(現在のウィーン国立歌劇場)で行われ、当日は満席だったという。パク研究員によると、バレエ作品は平均で2カ月、長くても2年の公演が一般的だったが、『コリアの花嫁』は5年間にわたり公演され、相当の人気を集めていたことが分かるという

 舞台には大型のアーチ8個と岩の壁のセット4個が設置され、衣装は312着が使われた。これは現在ブロードウェーで公演されているミュージカル『ウィケッド』の350着に匹敵する。残されている衣装画は「韓国人のおじいさん」と命名された1点。白いパジチョゴリ(男性用の民族衣装)にきせるという姿だ。

 宮廷歌劇場は当時も最高レベルの公演施設に数えられていた。1869年5月にモーツァルトのオペラ『ドン・ジョバンニ』でこけら落としを迎えた。『コリアの花嫁』が公演されていた時期は、オーストリアの近代作曲家・指揮者のグスタフ・マーラーが総監督を務めていた。マーラーは1897年4月に常任指揮者となり、10月から総監督を務めた。

 パク研究員は「初演が終わった後、一部の舞曲の楽譜が市販されるほど大衆的な人気を集めた。当時の批評や販売用楽譜の存在からみて、大韓帝国期にウィーン韓流があったことが分かる」と述べた。

 今回の発見は韓国学中央研究院の韓国学振興事業団が支援し、ベルリン自由大韓国学科とボーフム大学韓国学科が共同で進めた海外韓国学中核大学育成事業の一環によるものだ。

 申晶善(シン・ジョンソン)記者
http://www.chosunonline.com/site/data/html_dir/2012/11/29/2012112901013_2.html
 

 

 

韓国人の愛国心を素材にしたバレエ作品『コリアの花嫁(Die Braut von Korea)』が5年間にわたり公式レパートリーとして公演され、人気を集めていたことを示す史料がこのほど発見された。

 

ドイツ・フランクフルトにあるクラシック専門出版社の倉庫で『コリアの花嫁』の楽譜を発見した。

 

何が「史料」だよ。楽譜屋の倉庫に楽譜があるのは、あたりめーだろ、バカ。

 

だいたい、今世紀最大の発見みたいなこと言ってるが、ソウルの韓国学西洋文献博物館ってところに、以前からピアノバージョンが保管されてるだろーが。

 

http://www.book1950.co.kr/main.html?menu=view&uid=283

 

<ピアノ版>

 

 

 

>『コリアの花嫁』は5年間にわたり公演され、相当の人気を集めていたことが分かるという

 

人気を集めていたとすりゃ、そりゃ振り付けと音楽が良かったってだけだろーが、しかし、その人気ってのもかなり微妙なんだが。

 

 

Korea Outreach Educationってサイトによると、Die Braut von Koreaは1987年から1901年の間に38回公演されたそうな。

 

5年間で38回てぇと、一年に7回程度で、2ヶ月に一回程度なんだが。

 

これって、毎日なんらかの演目がかかるヨーロッパの劇場だと大した回数じゃないんだわ。どっちかってーと、定期的な穴埋め演目の扱いだな。

 

 

そんなに人気なら5年も続けて、その後廃れるとかありえんわ。多分、5年もダラダラ続けにゃならなかった理由はコレだと思うのよ。

 

>衣装は312着が使われた。

 

バカは、現代ミュージカルなんかと比べて衣装の多さにホルホルしてるようだが、

 

312着も作った衣装が↓↓↓こんなんじゃ他の演目に使い回しが効かないわけだよ。

 

 

 

白鳥の湖の王子の衣装なら、眠れる森の美女にも使えるが、「朝鮮人のオジイ」の衣装じゃ他に使いようがないだろう。

 

やれやれ、変なもん作っちまったぜってぇ衣装係の嘆きが聞こえてくるわ。

 

 

脚本はヨーゼフ・ハスライター、ハインリヒ・レゲルの2人。

 

そもそも、パク研究員ってのは韓国学科の研究員らしいが、音楽の知識はゼロなんじゃ?

 

台詞のあるオペラじゃねーんだから、バレーに脚本なんてないんだよwwwww

 

あるのは台本な。

 

で、この作品の台本書いたのがレゲルさんて人で、ハスライターさんはChoreographischer Theilってあるから振付師だろ。

 

 

>舞台には大型のアーチ8個と岩の壁のセット4個が設置され

 

うーん。これって、舞台セットの絵でも書いてあったのかね。あったら、このニュースの記事でドンジョバンニのこけら落としの絵なんか使わんだろうし。

 

もしかして、4 Akten und 8 Bildern ってのを勘違いしてないか?

 

これは、「4幕8場」って意味ね。

 

 

>「初演が終わった後、一部の舞曲の楽譜が市販されるほど大衆的な人気を集めた。

 

一部の舞曲の楽譜が市販されるってのは、上のピアノバージョンのことだな。

 

まあ、ウソは言ってないが、ピアノバージョンってのは、ピアノの練習にうってつけだから出版されるんだが。

楽譜見て貰えりゃわかると思うが、スタッカートだらけで特定の運指の練習にはもってこいだが、コード進行がものすごく単純だから聞いて楽しいもんでもないだろ。

 

 

>当時の批評や販売用楽譜の存在からみて、大韓帝国期にウィーン韓流があったことが分かる」

 

なにが、ウィーン韓流だよwww

 

今回発見された楽譜の表紙を見れば、別に朝鮮人に興味があって作られた作品じゃねーのは明らかだろ。

 

 

コレラ・・じゃねぇ、「コリアの花嫁」って題名の割には、表紙の女は日本髪にキモノに蛇の目傘だしwww

 

コリアを連想させるアイテムとしては、かろうじて、ペプシマークの旗が書いてある程度で、あとは中国風味だろ。

 

 

で、またKorea Outreach Educationてぇサイトからの引用なんだがな、

 

このサイトでは、朝鮮や朝鮮人が登場する外国の文学作品を紹介しているわけだが、まあ、朝鮮戦争を題材にした小説だとか、イザベラバードの朝鮮紀行だとか、MASH(朝鮮戦争のテレビドラマ)だとかぐらいしかないですよと言っている。

 

それで、

 

-- given how important Chinoiserie and Japonism were for upper class arts and art collectors in Europe and North America, but that there was never anything like Koreanism

 

-- シノワズリーやジャポニズムが、ヨーロッパや北米の上流向け美術や美術コレクターにとっていかに重要だったかに比べ、コリアニズムと呼べるものは全く存在しなかった

 

と前置きした上で、

 

文学作品ではないが、それに最も近いものとしてバレエ作品「コリアの花嫁」が紹介されているわけで、19世紀のウィーン韓流をバッサリ否定www

 

 

私としては、この作品の曲目が気になるんだが。

 

Pagoden Polka = パゴダのポルカ ← 中国でよく見る仏塔ね。朝鮮ではあまり見ないが。

 

Japanischer Marsch = 日本人の行進曲 ← 日本軍登場の曲ね。カッコよさげ。

 

Korean Quadrille = 朝鮮人のカドリーユ ← あんまり見たい気はしないが。 

 

Daisha Waltzer = Daishaって、もしかしてGeishaが訛ったもの?ドイツ語辞典調べても出てこないんですわ。

 

 

まあ、いずれにしてもコリアが日本や中国の一部みたいに思われていた、当時のヨーロッパ人の考えるオリエンタリズムのごった煮って感じの、ほのぼのした作品のようで・・・・

 

 

 

 

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かの国の法則『横浜中華街の裏鬼門』

さて、昨日に引き続き、鬼門のお勉強をいたしいましょう。

 

昨日のエントリでは、鬼門の思想の本家中国では国外にある朝鮮半島が鬼門のハエ取り紙役になったことで、国内に鬼門がなくなったことを勉強いたしました。

では、海外に渡った中国人と朝鮮人の関係は、どうなったのでしょう。横浜中華街の歴史から学んでいきましょう。

 

 

横浜中華街へ行くと、方向感覚がわからなくなるという方が結構いらっしゃるようです。

 

これは、周辺の関内地区が海岸線に沿って碁盤の目のように道路が走っているのに対して、中華街は東西南北に沿って碁盤の目が作られているためです。

 

横浜中華街は、幕末に西洋人が筆談通訳として連れてきた主に広東あたりの中国人が住み着いたことに始まります。中国人は、街を作るとき必ず東西南北に合わせて碁盤の目を作ります。そして、各方角に合わせた門やお寺などを配置し、街を守ります。

 

さて、中国国内で街を作る分には、鬼門はありませんので、正方形あるいは長方形に作ればいいのですが、国外に街を作る場合、鬼門除けの朝鮮半島がありませんから工夫が必要です。

 

 

日本の建築には、鬼門除けとして隅欠(すみおとし)という手法があります。

 

これは、昔のお城や御所などに見られる特徴ですが、北東の角を斜めに削ったり、凹ませたりして、鬼門となる北東の角を作らないようにするものです。

 

これと同様に、横浜中華街は北東の角を斜めに横切る道路(現在のローズホテルの前)でカットして、隅欠しているのです。

 

 

中華街ができた当時の関内は、外国人居留区でブロックごとにオランダ人居留区とかイギリス人居留区などに分かれていました。中華街の外には、方位学だの風水だの気にしない西洋人ばかりで、当然、鬼門除けになってくれる人はいません。

 

当初は、鬼門を中国人の間で対処するつもりだったのでしょう。現在の中華大通りを北辺として、北東にも角のある長方形に街が作られました。

 

やがて西洋人居留者が流動するに従って、中華街を中華大通りの北の三角地帯にまで拡張し、中華大通りのはずれに東門を作り、北東の角のない現在の形になっていきました。おそらく、それまでに日本の鬼門除け手法を学んだのでしょう。

 

 

さて、ここからが面白いところです。

 

 

鬼門の反対側、つまり南西の方角を裏鬼門といいます。

 

裏鬼門は、鬼門から流れてくる邪気をキャッチする方角で、鬼門ほどではありませんが忌み嫌われる方角です。そのため、中華街でも南西の周辺で商売をする中国人はいません。ここは今でも、学校や保育園などの公共施設になっています。

 

中華街の裏鬼門にあたる石川町駅は、昔からうらぶれた雰囲気で、どのように改装しても繁栄することはありませんでした。

 

現在、石川町駅に取ってつけたような商業スポットができていますが、おそらく廃れるのも早いでしょう。

 

 

 

なにしろ、その先には寿町・松影町という所謂ドヤ街というものがあり、ここに鬼門のハエ取り紙たる朝鮮人が数多く住み着いて、中華街南西部の外に見事な「裏鬼門」を形成しているのですから。

 

 

なんというミンジョクの性でしょう。

 

 

横浜中華街は、隅欠で鬼門に対処しているのでハエ取り紙は必要なくなったというのに、後から流入してきた朝鮮人は、わざわざその裏鬼門に住み着いて邪気キャッチャーを買って出ているのですから。

 

 

 

何もわざわざ、そんなところに住まなくても、当時の横浜は空き地だらけで住むところはいくらでもあったはずですが、何千年も中華に虐げられてきたミンジョクの性と言わざるを得ません。中国人に虐げられていないと、不安でいられなかったのでしょう。

 

 

 

 

かの国の法則『中華の鬼門』

元野球選手が詐欺で逮捕 イチロー超え記録も韓国で人生狂う

 16日、元プロ野球選手で阪神、オリックスでプレーした塩谷和彦容疑者(38)が詐欺の疑いで兵庫県警に逮捕された。塩谷容疑者は、2010年8月から9月にかけて、「新しくできる飲食店の売り上げの一部を受け取る権利を譲渡する」とウソの話をでっち上げ、西宮市の会社役員から550万円をだまし取った疑い。塩谷容疑者は、おおむね容疑を認めているという。

    <中略>
 2006年には、韓国プロ野球に移籍。野手初の「在日以外」の日本人選手として、大きな期待を寄せられた。スポーツ紙野球担当記者はこう解説する。
 「それまで韓国リーグに渡る選手は、在日の選手ばかりでした。1998年にようやく外国人登録が認められ、塩谷が野手としては初の純粋な日本人選手。外国人登録され、助っ人として渡韓したわけです。
 32歳になる年で、力が衰えたわけでもなかったですし、本人も『自分をキッカケに、ほかの日本人選手も続いてくれれば』と話していました。実際、開幕当初は順調な滑り出しでした」
 しかし、その年の5月に死球を受け、戦線離脱。6月には解雇され、そのまま引退に追い込まれた。韓国での悲劇のデットボールさえなければ、こんな事件は起こらなかったかもしれない。
http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/sports/npb/610222/

 

 

 

いわゆる「かの国の法則」というやつですね。

 

お気の毒です。嘘つき、詐欺が日常茶飯事のかの国に住んで、感覚が麻痺してしまたんでしょう。

 

 

そもそも、なぜ「かの国」には、そういう法則が働くのでしょうか。

 

漢字を捨ててバカになっちゃった国だからとか、国旗が縁起悪いからなど、様々に言われておりますが、なんと言いましても一番の原因は朝鮮半島が中国から見て「鬼門」にあることでしょう。

 

 

古来朝鮮人は、中華の子分「小中華」であることを自慢に生きてきました。これは、中国を中心とした世界に組み込まれることを意味します。

 

中華とは、中国大陸の中心である中原を平定し支配する人々のことで、中華の枠組みに入るということは、世界の中心が中国になってしまうということです。

 

そのようにして、中国の北東に位置する朝鮮半島は、中華世界の「鬼門」になってしまったのです。

 

 

「鬼門」という考え方は、中国から日本にも渡ってきて家相などに反映されていますが、実は、本家中国では「鬼門」を気にしません。

 

日本における鬼門の対処方法は、「触らぬ神に祟りなし」で家の北東はきれいにしておけ、トイレを作るななどと言われています。

 

都市計画における鬼門対処は、神社などを建立して鬼門から流れ込む邪気を祓ってもらうのが一般的です。

 

江戸から見て鬼門に当たる日光に東照宮を建てて、江戸幕府の開祖、徳川家康公を東照大権現様と崇め奉ることで江戸を守ってもらったというのが典型的ですね。江戸市中にも、鬼門から江戸を守る神社仏閣が配置されているといいます。

 

 

さて、本家中国の鬼門の対処方法は、どのようなものだったかといいますと、日本の「触らぬ神に祟りなし方式」と違って「ハエ取り紙方式」とでも申しましょうか。

 

鬼門にあたる土地に、ハエ取り紙のように邪気を吸い取ってくれる人々を配置して「あらゆる不幸・邪念・怨念」など邪悪なものを吸い取らせるのです。

 

中国東北部の旧満州が化外の地と言われて、人間の住むところでないとされてきたのもその流れですが、そこへ自ら中華世界の「鬼門」のハエ取り紙を買って出てくれるありがたい民族が登場したわけです。

 

それが朝鮮人でした。

 

あらゆる不幸を吸い取らせるハエ取り紙は、汚ければ汚いほどよしとされていたことと、朝鮮半島が世界一汚かったことは無関係ではございません。

 

 

このようにして、中国国内には「鬼門」がなくなってしまったため、中国では「鬼門」を気にする人がいなくなったのです。

 

現在でも、大中華は朝鮮半島の北半分を昔ながらのハエ取り紙状態にして封印しています。

 

 

では、大中華圏から離脱したはずのバ韓国が未だに、ハエ取り紙を引きずっているのは何故でしょう。

 

実は、今でもあの人たちは中華の子分精神が全く抜けていないのですね。

 

  韓国は、日本に文化を伝えてやった兄の国」

 

この呪文を唱えるたびに、バ韓国人は中華の子分であることを自ら認め、ハエ取り紙地獄に落ちていくのです。

 

 

 

呪文とは恐ろしいものです。誰よりも、唱えた本人に禍が降りかかってくるのですから。

 

 

 

深夜の肉工場

豪州でまた韓国人無差別暴行…現地警察「深夜に外出するアジア人は愚か」
  豪州でまた韓国人に対する無差別暴行事件が発生したと、韓国メディアが26日報じた。9月のメルボルン、10月のシドニーに続き、今回はブリスベンで事件が発生した。

  25日0時30分ごろ、豪ブリスベン南東部ランコーン付近で夜間の作業を終えて帰宅した韓国人のチョさん(28)が、白人青年2人から暴行を受けた。ワーキングホリデービザを持つチョさんは肉工場で清掃の仕事を終え、深夜に帰宅する途中だった。

  チョさんは申告を受けて出動した救急車で付近の病院に運ばれて治療を受け、警察で調査も受けた。しかし現地の警察は誠意のない態度を見せ、「(危険なのに)なぜ深夜に出歩くのか」と話したと、チョさんは伝えた。警察は「深夜に出歩けば危険なのに、なぜアジア人はそうするのか分からない。(アジア人は)愚かだ(stupid、silly)」という発言までしたという。
http://japanese.joins.com/article/799/163799.html?servcode=400&sectcode=430

 

 

 

>「深夜に外出するアジア人は愚か」

 

アジア人とか、でかい括りで語ろうとするなよ。バ韓国人が!

 

そもそも、豪州なんてのは元流刑地だけあって血の気の多いやつばっかなのに、腕に覚えもないくせに深夜に出かけるヤツは確かにバカだわ。

 

 

 

それにしても胡散臭い話なのよね。

 

ワーキングホリデービザを持つチョさんは肉工場で清掃の仕事を終え

 

深夜の肉工場の清掃の仕事なんて、残業嫌いなこの国には存在しませんわwwww

 

特に、工場労働者とか肉体労働者系は、朝早く始業して夕方早く仕事を終わらせるってのがフツーなわけね。

 

しかも、労働党政権の今、組合がやたら強くて残業なんて、やらせたくてもさせられないし。残業手当や休日出勤手当だって、バカ高いしで。

 

 

だから、工場の通常業務が終わったあとの清掃業務だって、6時や7時には終わるわけよ。終わってくれないと困るのよ、警備員が・・・

 

ぐずぐず深夜まで掃除なんかしてたら、警備員に追い立てられるのよ。警備員だって早く帰りたいし、警備を依頼してる工場だって警備員の深夜残業代なんて払いたくないしね。そんな、グズなワーホリなんて即刻クビだわ。

 

まさか日本でチマチョゴリ切り裂き事件が成功したからって、自作自演で「差別ニダ」「謝罪しろニダ」「賠償よこせニダ」を展開するつもりじゃ・・・

やったところで、今度は本当に韓国人街が大々的に襲撃されるだけですがwww

 

 

 

まあ、もっともチョさんが働いていた肉工場ってのが、食肉を扱う工場とは限りませんので、100%捏造とは言いませんけどね。

 

深夜営業してる淫靡なお店に、ワーホリねーちゃんの肉体を供給する工場だったら、深夜の清掃業務もありうるわ。あの国の連中ですし・・・

 

 

 

 

 

思想家って、印象操作でメシ食ってる人のことですか?

知の「新世代リーダー」 東浩紀 思想家

そうですね。先日も、「日本の外交」がテーマの「朝まで生テレビ」に出演したのですが、みな中国と韓国の話しかしないことに驚きました。日本は中東にエネルギーを頼っていますが、中東すら話題にならない。ヨーロッパなんて、ヨの字も出ない。
 
一方、中国は、アフリカで急速に開発を進めて、存在感を高めていますよね。韓国だって、東アジアに国ごと投資している。昨年カンボジアに行ったのですが、ハングルを掲げている小学校が多いのに驚きました。
 
日本も実は戦後、そういうことをいろいろやってきた。中東では日本は独自外交を展開してきたし、カンボジアも復興に日本人が大きな役割を果たしている。それなのに、そうした歴史は忘却されている。誰よりも日本人自身が忘れている。若者は、留学どころか海外旅行にも行かず、自宅でネットして「日本最高」と言っているだけ。この気持ち、気風を変えていかないと、復興はないでしょう。

http://toyokeizai.net/articles/-/11749?page=5

 

 

 

 

はあ、思想家さんねぇ。そんな職業があるんですか。どっちかっつーと、妄想家じゃないの?

 

 

 

>みな中国と韓国の話しかしないことに驚きました。

 

そりゃ、アンタ。中国と韓国の話しかしないでしょ。特に、テレビは。

 

韓国ネタにうんざりした視聴者がフジテレビデモやったときだって、アイツらは「嫌なら見るな」でしたが。

それを、一般国民に転嫁して印象操作ですか?

 

 

 

>昨年カンボジアに行ったのですが、ハングルを掲げている小学校

 

この人、マジで海外って旅行ぐらいしかしたことないでしょ。

 

今、アジア・アフリカ・オセアニアに行くと、そこらじゅうにありますよ。中韓の押し付けがましい看板が。

しみったれた援助しかしないくせに、最大限に宣伝するからものすごく嫌われてるって知らないの?

 

トンガなんか行くと、そっこらじゅうに↓こういう看板が立ってるわけよ。

 

要は、このショボい道路は中国の援助で作ったアルよ!お前ら感謝しろアル!っていう宣伝なんですが。

そのせいで、トンガじゃ中国人は死ぬほど嫌われていて、中国人襲撃事件も起きているからアイツら絶対に一人では出歩かないんだわ。

しかも、速度制限表示より手前に立てる、感覚が異常すぎだろ。

 

なんで、中韓がこういうことをやっちゃうかというと、発展途上国へ行くと結構↓こういう看板が見受けられるんですわ。

 

いや別に、日本政府が宣伝なんかしやしません。現地の人々が、立ててくれてるんです。

 

日本は、病院や消防署など、現地人にとって本当に必要なモノを援助するので、大変ありがたがられるわけです。

で、そういう分野の援助は、ほぼくまなく日本がやり終えているので、後から乗り込んできた中韓の援助は道路工事みたいな単純なことばっかりで、むしろ現地人の仕事を奪っていたりして反感を買うんです。

 

特に、バ韓国人は、学校建設なんかで援助する代わりに、教育内容に口出ししたり、愚民文字教育を押し付けたりするんで、これまた嫌われるんです。

 

 

 

カンボジアも復興に日本人が大きな役割を果たしている。それなのに、そうした歴史は忘却されている

 

そうした歴史を忘却してるのは、というか意図的に隠蔽しているのはバカマスゴミでしょうが。

上の看板みりゃわかるとおり、現地の人々は、覚えてくれています。ありがたいことです。

 

 

 

>若者は、留学どころか海外旅行にも行かず、自宅でネットして「日本最高」と言っているだけ。

 

その手の妄想というか、印象操作はもう飽きましたから。

 

 

東浩紀さん、あんた1971年生まれなんだってねぇ。

あんたが18歳のとき、つまり1989年の18歳~20歳の人口って560万人ぐらいだったわけよ。

 

で、その頃の海外留学者数って、たったの22,798人wwwwwwwww

 

 

 

笑わしてくれますよねぇ。

 

で、上の統計によると、2009年の留学者数は59,923人

 

2009年の18歳~20歳の人口は376万人ですよ。

 

留学者数は、2004年のピークからはだいぶ減少していますが、リーマンショックの直後ですから、経済による影響を考えれば、別に若者のやる気のなさが原因なわけではないですね。親世代だって、大量にリストラに遭っているわけで。

 

 

もっと言いますとね、1989年の有効求人倍率1.25

 

東さん、あんたが就活してたはずの1992年の有効求人倍率だって、1.08。まだまだ、売り手市場でしたよね。

 

2009年の有効求人倍率は、0.47ですよ。

 

 

ここ数年を振り返っても、リーマンショック、バカ親世代による民主党政権実現、東日本大震災。今の若者は、戦時中並みの厳しい世相の中でサバイバルしてるんです。

 

 

景気のいい時代にぬるま湯に浸かってた世代が、「知」の新世代リーダーとか自画自賛して恥ずかしくないですか?

 

 

 「恥」の新世代リーダーだろ。

 

 

 

 

ちょっと待て、その無所属は元ミンス

 

 

民主離党国会議員と合流先、生活維新合流議員一覧

 

 

https://docs.google.com/spreadsheet/lv?key=0Al3mnZBSJEkOdF9TWkpxVk1rREVjRE12bnZSOUJ2Y0E&toomany=true

 

 

 

 

 

 

 

年寄りは、未来志向で旅に出ろ!

張本勲氏 メジャー挑戦日本人選手に厳しい目「みじめに帰ってくるだけ」

 

野球評論家の張本勲氏がメジャーに挑戦する日本人選手について厳しい言葉をぶつけた。
 
 11日、TBSの情報番組「サンデーモーニング」に、広島のスタジオから出演した張本氏は、日本ハム・田中賢介内野手らが海外FAでメジャーに挑むことに「夢もないし、行っていいことはない。お金も取れないんだから」と発言。日本人野手で短期間で帰国した選手の名前を挙げ、「みじめに帰ってくるだけだから」と突き放した。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20121111-00000068-spnannex-base

 

 

 

 

海外を目指す若者には、失敗して惨めに帰ってくるだけだといい、

 

 

国内で頑張る若者には、内向き思考でダメダメだという。

 

 

 

 

オヤジは、若い奴を妬んでる暇があったら、外向き思考の未来志向であの世を目指して旅にでろwwww

 

 

 

 

日本とポリネシア・ちょっといい話

日本人は先住民と韓半島人の混血?

現在の日本人は日本列島の先住民である縄文人と韓半島から渡ってきた弥生人の混血という遺伝子分析の結果が出たと、日本メディアが1日報じた。

報道によると、日本の総合研究大学院大学などで構成された研究チームは、こうした内容の日本人遺伝子分析結果を日本人類遺伝学会誌電子版で発表した。

以前にも日本人の遺伝子を分析した研究結果はあったが、今回は1人当たり最大約90万カ所のDNA変異を解析することで、結果の信頼性を大きく高めた。

研究チームは日本本土出身者と中国人、西欧人など約460人分のDNAデータに、アイヌ民族と沖縄出身者の計71人分を追加して分析した。その結果、日本人は縄文人と韓半島から渡ってきた弥生人が混血を繰り返しながら現在に至っていると解釈された。これは「混血説」を裏付ける遺伝子分析の結果だ。

アイヌ民族は遺伝的に沖縄出身者と最も近く、その次が本土出身者だった。また、本土出身者は韓国人とも遺伝的に近かった。

http://japanese.joins.com/article/366/162366.html?servcode=400&sectcode=400

 

 

毎日変態新聞が気持ち悪い記事を書きやがったと思ったら、やっぱり朝鮮人向けかいwww

 

いつまでたってもノーベル賞が手に入らないバカ民族が、ノーベル賞量産の日本人と実は先祖が同じだったニダと主張するための、バカによるバカのためのマスターベーション学説でした。

 

おわり。

 

 

あ、終わりにしちゃいけませんね。

 

バカによるバカのためのバカ学説はどうでもいいんです。

 

気色悪いバカミンジョクは無視して、我々日本人のご先祖様、縄文人の一要素を成すポリネシア民族についてのお話をひとつ。

 

 

ポリネシア民族も日本に渡ってきた民族の一つであるという説の根拠の一つに、言語があります。

 

ご存知のとおり、日本語は世界でも希な「すべての音に母音がついている」言語です。

 

日本人が、独立した子音が多い、英語の発音や聞き取りに難しさを感じる原因のひとつでもあります。

 

 

で、その世界でも珍しい全音母音付き言語を操るもう一つの民族が、ポリネシア人です。

 

 

ポリネシアとは、太平洋上のハワイ、タヒチ、ニュージーランドの三点を結ぶ三角形の海域に広がる、サモアやトンガなどを含む島嶼国家群をさします。

 

太平洋上の島々には、他にミクロネシア(グアム・サイパン周辺)とメラネシア(ニューカレドニア、フィジー、パプアなど)があります。

 

 

ポリネシア言語と日本語のもうひとつの共通点は、虫の声を「声」として楽しむことが挙げられます。

 

実は、日本語とポリネシア語以外の言語地域では、虫の声は単なるノイズ、つまり騒音としか捉えられていません。

 

中でも蝉の声の嫌われっぷりは半端なく、特に欧米では殺人的とまで表現され、日本で俳句の季語に使われていると知ると「理解不能」とさえ言われます。

 

 

この違いは、どこから来るのかと言いますと、日本人とポリネシア人は虫の声を言語を司る「左脳」で処理しており、その他の言語話者は「右脳」でただの音として処理しているのです。

 

全音母音付きの日本語の世界では、音を言語で表現するとき「パタパタ」とか「ニャンニャン」などと、一旦、母音付きの音に変換します。

 

これをオノマトペといいますが、オノマトペになった瞬間、「音」は「言葉」に置き換わるのです。

 

蝉の声なら「ミンミン」、鈴虫なら「リンリン」、コオロギなら「コロコロ」などと変換されるため、日本人は虫の声を聞くと自動的にこれらのオノマトペに置き換えつつ言葉として左脳で処理していると言われます。

 

同様のことがポリネシア人にも起こっているわけですが、独立子音の多い言語では元の音に近い表現が可能なため、あくまでもノイズはノイズなんですね。

 

 

ポリネシア人の特徴の一つに体格の良さが挙げられます。

 

トンガやサモア、マオリ族のいるニュージーランドは、ラグビーが強いことで有名ですし、小錦や曙などハワイ出身の力士も大相撲を賑わしていました。

 

この体格の良さから、以前は、ポリネシア人にはヨーロッパ系の血が流れているのではないかとさえ言われたこともありましたが、現在では、明確に否定されています。

 

ポリネシア、メラネシア、ミクロネシアは、すべてパプアニューギニア周辺から太平洋に散らばっていった、元は同じ民族で、ポリネシア人の体格の違いは進出した時期の違いによるものとされています。

 

ニューギニアに比較的近いメラネシアとミクロネシアへは、小さな舟でも渡れたため、かなり古い年代に民族の移動がありました。

 

しかし、さらにその先のポリネシアへ向かうには、大きな舟が作られるようになる時代まで待つことになります。

 

その大きな舟に乗り込んで大海原に出発したのは、厳しい航海に耐えうる体格の良い選抜された人々と言われています。

 

元々体格の良い人々が、荒海を乗り越え、寒さに耐えて航海を繰り返すうちに、ポリネシアとミクロネシア、メラネシアの間で大きな身体的な差が生まれたのです。

 

そんなパワーあふれる人たちですから、はるばる南太平洋から日本まで足を伸ばしてやってきたという説も、ぐうたらな朝鮮人がえっちらおっちら陸地を伝い、ショボいボロ舟で対馬海峡を伝って、日本にやってきたニダという渡来人説よりも説得力があるわけですね。

 

弥生人にしても、実際には、摩擦係数の大きな陸地伝いに半島経由でやってきた人々よりも、呉越同舟の越あたりから海上をスイスイやってきた人々の方が多かったでしょう。というか、同時期に海上をスイスイわたって半島へ行った人々も多くいましたんで、大きな流れとしては逆じゃないですかね。

 

 

それでも、半島から日本へ渡ってきた人々は、半島に留まった朝鮮人・バ韓国人よりも好奇心の高い知的な人々だったと思います。

 

大海原を渡ってきたわけではないので、ポリネシア人のように体格に差は現れませんでしたが、技術と文化を変態的といわれるまで開花させた一端を担っていたのですから。

 

 

もっとも、別の民族が文字通り「半島を通って来た」だけかもしれませんが。

 

 

 

 

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