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「夫婦別姓」と「戸籍制度廃止」 (16)

前回】のつづき>>>>

 

 

 

街は、いつにも増してひっそりと静まり返っていた。
ジリジリと照りつける真夏の日差し。刻々と迫りくる決行の時。
まるで街中の人々が、息をひそめてその時を待っているかのようだった。

 

決行の日は、明日に迫っていた。

 

祐介のオフィスで、監視カメラで捕らえられた涼子の姿に衝撃を受けた美和子は、あれ以来ずっと部屋に閉じこもっていた。局にも行っていない。越善マユミには、具合が悪いとだけ伝えた。同行取材の準備を手伝えないことを詫びると、マユミは疑問に思うことなくその件は問題ないからと言い、帰国後の疲れがたまったのだろうと美和子を労わった。

 

美和子は、帰国以来起きたことを順を追いながら、ずっと考えていた。
松永家を乗っ取ったなりすまし、そこへ現れた人権擁護委員の男たち。川村智恵子の夫を死に追いやった人権擁護委員会婦人部。川村家を乗っ取った中国人。女性救済センターにいた寺坂君江と福祉センターに入れられた与一の話。そして、大石と呼ばれる議員の計画を遂行する矢頭祐介と岡野たち。
社会が壊れる。家族が壊れる。民主党政権で壊された社会で、特権を享受する越善マユミたち。そして民主党大訪中団。

 

アメリカから帰国する前は、想像もできなかった状況だった。美和子の信奉していたフェミニズムも、左派政党の提唱する高度福祉も、ダイナミックな経済活動から得られる利益の上澄みでしかない。基盤となる経済がなければ成り立たないという当たり前のことを無視して、経済大国日本にあぐらをかいて企業活動を非難し弱者の権利をひたすらに訴えてきた左派政党と、それを支持する大多数の国民が選んだ社会。
 

 

明日、この状況が大きく転換するなら、帰国して数週間のこの経験は美和子の人生にどのような意味があるのだろう。いまでも現実味のない短い夢と錯覚することがある。だが、祐介や与一、智恵子、そして妹の涼子たちにとっては一年に及ぶ苦しい弾圧の日々だったのだ。

 

祐介は、決行に必要な材料はすべて揃ったから、無理に局に行かなくてもいいと言った。
明日、どうするか―――美和子は迷っていた。

 

 

きっと何か思いもよらないことが、局で起こる。そんな予感がした。一方で、明日、羽田から旅立つマユミに一目会っておかなければならないとも思った。この思いは、何か焦燥感に近いものだった。

 

明日、行ってみよう。美和子が思い立つと、ドアを叩く音がした。

 

与一だ。ここ数週間、聞きなれた足音とノック。美和子は、ドアを開けて与一を招き入れた。

 

「おねえさん。明日出かけるつもりじゃない?」
「ええ、そうよ。よく分かったわね」美和子は笑って答えた。
「矢頭さんが、Wカードを持っていけって。偽造だけどね。おねえさん、まだ申請してなかったでしょ」
与一は、美和子のID情報が記されたWカードを渡した。
「そうだけど。どうして偽造してまでWカードを?」
「明日、局はパニック状態になるらしいから、それを持ってるとお守りになるんだって」
「お守り?ふふふ。先輩も変なこと言うのね。でも、パニックってどういうこと?」
「それは明日のお楽しみだってさ」


    * * * *


羽田空港のロビーは、大訪中団の群とそれを見送る者たちであふれていた。
美和子は、マユミたち同行取材班のいるラウンジへ回った。美和子の姿を見て、マユミが駆け寄ってきた。

 

「大丈夫なの具合は?無理しなくていいのに」
マユミの細い腕には、不釣り合いな取材班の腕章が絡んでいた。
「ありがとう。でも、もう大丈夫よ。あとで局にも寄ろうと思ってるの、もうすぐ出発ね」
「ええ、私たちは党幹部と同じチャーター機よ」
「チャーター機?政府専用機じゃなくて?」
「もちろんよ。なにしろ8月15日の晩餐会に参加するのよ。日本をアピールするような飛行機で行くのは拙いっていう意見が党内で出て、急遽チャーターしたのよ」
経済活動を無視して、党内行事に熱中する民主党政権下なら旅客機の急遽チャーターも可能だろう。美和子は、馬鹿馬鹿しいと思った。
 

 

「それにしても、すごい人数ね」
「ええ。どういうわけか、この訪中団の話がほとんどのKカード保持者の間に伝わっていたらしくて、参加希望者が増えたのよ。結局、当初の予定の倍を超える七千人になったわ」
空港に待機している旅客機を見ると、韓国からチャーターしたものもあるようだ。

「あら?あの先生、社民党の・・・」
「ああ、民主党以外でもKカードを取得している議員はいるわ」
「でも、民主党以外の政党は非合法化されたんじゃ」
「非合法化されても、Kカード取得の障害にはならないわ。彼らは思想信条を同じくする同志ですもの」
「そう。それじゃ、マユミ。がんばってね」
「ええ。ありがとう。美和子も」
美和子とマユミは、固く握手して別れた。

美和子は、待たせてあった局のハイヤーに乗り込んだ。
「局までお願いね」

 


   * * * *


美和子は、オフィスに入る前に報道センターを覗いた。
Kカード保持者の日本人スタッフは全員訪中団に参加している。残っているスタッフは韓国人だけだ。
スタッフとは名ばかりで何もできることがないから、あらかじめ用意された映像をひたすら流しているだけだ。
仕事もせず、雑談や昼寝に耽っている。

 

いつもと大して変わらない光景だと思って通り過ぎようとした。

 

センターの奥に見慣れない人員数人がいる。マユミは、日本人スタッフの穴埋めの臨時要員が入ると言っていたが、その内一人はどこかで見たような気がする。以前、報道センターにいて辞めたスタッフだろうか。
思い出せないまま、美和子はオフィスに向かった。

 

デスクに向かって、やることもなく時間が過ぎた。パニックが起きると言っていたが何も起きない。
もう3時を回っている。マユミ達も、ほどなく北京に到着するだろう。
息抜きに階下のカフェにでも行こう。オフィスを出ると、もう一度報道センターを覗いてみた。

 

さっきの臨時要員がモニターに向かっている。やはり、見覚えがある横顔だ。
そう、どこかでモニターに向かっている横顔を見たのだ。モニター・・そう、祐介のオフィスだ。
オフィスの奥の部屋で作業をしていて、一、二度遠目に見ただけだが、名前は・・・確か間瀬と呼んでいた。

 

彼らが紛れ込んでいるということは、計画は進行中なのだ。美和子は少し身震いした。

 


「臨時ニュースをお伝えします。民主党政権が崩壊しました」
「臨時ニュースをお伝えします。民主党政権が崩壊しました」
「臨時ニュースをお伝えします。民主党政権が崩壊しました」

 


報道センターのモニター映像が一度に臨時ニュースに切り替わった。
 

画面には民主党本部前からの中継映像が映し出され、民主党本部ビルからパニックを起こしたように逃げ出す人々を追っている。

ニュースのアナウンスは、日本語、英語、中国語、韓国語に切り替わりけたたましく同じ内容を繰り返した。
センター内にいた、韓国人スタッフたちは飛び跳ねるように立ち上がってモニターを見続けている。

 

突然、画面にテロップが流れた。

 

「北京の空港で、日本からのチャーター便で到着した偽造パスポート集団が拘束された模様」

 

「偽造パスポート集団のチャーター機が、次々と着陸」

 

「偽造パスポート集団は、Kカードを保持していることから北朝鮮人民とみられる」

 

テロップが韓国語に切り替わると、韓国人スタッフらは慌てふためいた様子で口々に喚き始めた。


テロップが続く、

 

「北朝鮮政府は先ごろ、日本にいるKカード保持者は北朝鮮人民の持つIDであると声明を発表していた」

 

「北京政府は、偽造パスポート集団を脱北者と同様に扱う見通し」

 

テロップが流れ終わる前に、韓国人スタッフの阿鼻叫喚は頂点に達していた。

 

 

 

>>>> つづく

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