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茶の話(6) 韓国茶道ではなぜ急須を使うのか?

ご好評いただいております「韓国茶道はなぜ」のシリーズでございます。

 

さて、今回とりあげますのは、韓国茶道最大のミステリー「急須」でございます。

 

 

上の写真をご覧くださいまし。
手前の少女の膝前(右下の枠内)に美しい白磁の急須がございます。

 

急須は、抹茶を使用する日本の茶道では用いられない道具でございます。
なぜなら、日本の茶道が確立された時点では「急須」は存在しておりませんでしたので。

 

茶道具の変遷を考察する前に、茶の歴史の流れを簡単にご説明いたしましょう。

 

インドのアッサムから、ミャンマー北部、中国雲南、湖南を結ぶ茶樹の原産地「東亜半月弧」というものがございます。茶は、この地域から世界中に広がったわけですが、中国から日本に茶を飲む風習がいつごろ渡ってきたかは確かな資料がございません。唐の陸羽という文人が記した「茶経」を読めば、唐の時代には喫茶の習慣が確立していたことが明らかですので、日本からの遣唐使もみやげに茶を持ち帰ってと考えられております。

 

この頃のお茶は、「団茶」という茶葉を突き固めたもので、これを煎じますと茶色いお茶ができましたため、英語でいうところのBROWNを日本語では「茶色」と言うようになりました。現代でも、中国の普耳茶などには、団茶のように円盤形に固めたものがございます。

 

本邦でお茶がのまれていた最古の裏付けとなっておりますのは、奈良時代、聖武天皇の御代に「行茶」という儀式が行われたことで、この時の青磁の茶碗が正倉院に残っています。

 

茶の木が日本に移植されたのは、平安時代、最澄が唐に渡り一緒に帰国した永忠が茶の実を持ち帰り比叡山のふもとに植えたのが最初でございます。この茶の木の一部は、現在も残っており天然記念物に指定されております。
 

その後も茶は中国から輸入されて貴族や僧侶の間で飲まれておりましたが、894年に遣唐使が廃止されて茶の輸入が停止し、喫茶の風習も衰えてしまいました。

 

平安末期、栄西禅師に渡って臨済宗を日本に伝えた頃には、現在の抹茶と同等の上質の茶葉と茶を点てる作法、そのための精巧な茶道具ができておりました。1191年、栄西はこれらの茶と茶道具を宋より持ち帰り、京都の明恵上人に献上いたしました。この時、植えられた茶が京都の気候風土に適していたため、非常に上質な茶が生産できるようになり、さらに各地で茶の生産が盛んになったと言われております。

 

栄西は、茶を薬としてもとらえており「喫茶養生記」をまとめ鎌倉幕府三代将軍源実朝に献上しております。こうして茶の風習は京都から鎌倉にも広がり、禅宗と関係の深かった武士の間で大変流行いたしました。これこそが現代につながる抹茶を用いた茶道文化の原点と言えましょう。

現代よく飲まれるお茶といえば煎茶でございますが、煎茶の登場は江戸時代まで待たなくてはなりません。
 

煎茶は当初、「煎茶」と言うぐらいですから、茶を煎じて飲んでおりました。この煎じなければ抽出できなかった茶葉を蒸すことにより、「急須」に茶を入れて湯を注ぐだけで淹れられるようになったのでございます。

 

ここで、ようやく急須が登場いたしましたが、簡単に茶の変遷をまとめてみましょう。

 

団茶(奈良・平安時代)→ 抹茶(平安末期~) → 煎茶(江戸初期~)


中国の煎茶の場合、蒸す代わりに炒って発酵を止めます。この煎茶が、中国の最新流行として日本に伝わったのが江戸時代初期のことでございまして、当時、形式化された茶道に反発する新し物好きの江戸の文化人の間で大変流行いたしました。また、禅宗の一派黄檗宗の隠元和尚が、同時期に煎茶道を開いたと伝えられております。


話を韓国茶道に戻しましょう。


韓国茶道は、別名「高麗茶礼」とも呼ばれております。

「高麗茶礼」の起源(笑)は民潭新聞の記者が、「日本の茶道の作法は『詳細は省くが』高麗茶礼に何から何までソックリ」と記事に書いたのが始まりでございます。

 

この高麗茶礼をベースに確立したとされる韓国茶道で、不思議なことに「急須」が使われているのでございます。

 

これは、驚愕のミステリーでございます。

 

高麗時代は、918年から1392年。この時代は、まだ団茶と抹茶しか地球上に存在しておりません。当然、急須も存在しておりません。あったのは、茶や薬を煎じるための土瓶や鉄瓶、薬缶の類でございます。にも拘わらず、韓国茶道あるいは高麗茶礼では、美しい白磁の急須を用いるのです。

しかも、その急須は日本独特の横手急須。

 

横手急須は、注ぎ口から90度ぐらいの位置に持ち手の付いた、世界でも珍しいデザインでございます。
海外でもJapanese teapotと称して売られ、使い勝手が良いと愛好家には人気の商品となっております。

 

        横手急須(日本)

 

中国の茶壷やヨーロッパのティーポットは、注ぎ口から180度の位置に持ち手の付いた「後手」が主流でございます。

朝鮮半島の高麗青磁や白磁などのアンティークも後手か、写真のような「上手」となっております。

 

    

       中国茶壷                        紅茶用ポット                     高麗白磁酒器(アンティーク)

 
この高麗白磁のティーポットに見えるものは、実は酒器でございます。前述のように、高麗時代には煎茶はございませんでしたから、茶を飲む場合は煎じて飲むことになります。青磁や白磁は火にかけて使うことは致しませんので、茶を煎じる場合は素焼きの土瓶などを用います。というわけで、明らかに茶の道具ではございません。

 

高麗滅亡後、1392年に始まった李氏朝鮮時代には茶の風習が廃れ、代わりに木の根や陳皮、朝鮮人参などを煎じて飲むようになります。つまり、朝鮮半島における茶の歴史は煎じ続けて一千年、1910年に悪逆非道な日帝が野蛮な煎茶の文化を持ち込むまで、急須の出番はなかったのでございます。

 

韓国茶道で使われております、日本特有の横手急須は明らかに「日帝残滓」なのでございます。その日帝残滓が、14世紀末に滅びた高麗の茶礼に出現するという、韓国茶道は時空をも自在に捻じ曲げる力を持っているのでございます。


尤も、我が国にも、2008年に購入したCDとキャミソールを2007年の道知事選挙で使用するという、超時空大臣が存在いたしますが、時空の捻じれは一年ぽっちとしみったれ。

 

500年もの時空を超える、悠久の韓国茶道のミステリーをご堪能いただければ幸いでございます。

 

 

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韓国茶道(高麗茶道)シリーズ

 

茶の話(1) 茶葉の話

茶の話(2) 「相棒」杉下右京の珍推理

茶の話(3) 韓国茶道では、なぜトイレットペーパーを使うのか?

茶の話(4) 韓国茶道では、なぜ保温ポットを使うのか?

茶の話(5) 続・韓国茶道では、なぜ保温ポットを使うのか?

茶の話(6) 韓国茶道では、なぜ急須を使うのか? 

茶の話(7) 韓国茶道では、なぜトレイを使うのか?  

茶の話(8) 韓国茶道では、なぜ茶杓を使わないのか? 

茶の話(11) 韓国茶道には、なぜ流派がないのか?

茶の話(12) 高麗茶道は、なぜ廃れたのか?

 

 

 

 

AUTHOR: ご隠居 DATE: 07/06/2010 11:26:53  もともとシナの口語で、茶でも飲んでいけ、という意味の「喫茶去」という言葉が日本では立派な掛け軸になっているように、文化の伝播の中である種の結晶作用がないと単なる喫茶の習慣が茶道にまで高まることはないわけで。  そして朝鮮にはそもそも茶を飲む習慣すら根付かなかったわけですし。  日本茶道は高麗茶道に似ている、という記事をエントリしたこともありますが、そりゃそっちが真似したんだから似るのが当然で。
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非公開コメント

お茶の話は、無限に湧き出る泉のようですね。
言われてみれば、なぜ日本人だけが横手を作ったのでしょう。
横にあった方が注ぎ易いし、不思議ですね。
ラーメン大好き小池さんのモデルは、天パでめがねなんですが、
面長なんです。トキワ荘の住人だった人です。
本当にラーメンばかり食べていたそうです。
カップラーメンは世界的な食べ物になってしまいましたが、
USAだと少品種大量生産もあって、1個50円程度で買えるそうです。
こんなに安く食べる事が出来るから、強盗をしなくて済むようになったと
言う奴も居て、ラーメンがこんな貢献をしているのかと。
Qちゃんは、頭から布をかぶっているのですが、この同じ服を、
タンスに大量に持っているというネタがあります。
アインシュタインの弟子のレオポルト・インフェルトが、
アインシュタインが同じ服を大量に持っていると書いていて、
おのれはQちゃんか!と思いました。

To ご隠居さん
> もともとシナの口語で、茶でも飲んでいけ、という意味の「喫茶去」という言葉が日本では立派な掛け軸になっているように、文化の伝播の中である種の結晶作用がないと単なる喫茶の習慣が茶道にまで高まることはないわけで。
>
さすがご隠居様。喫茶去をご存じとは。
> そして朝鮮にはそもそも茶を飲む習慣すら根付かなかったわけですし。
> 日本茶道は高麗茶道に似ている、という記事をエントリしたこともありますが、そりゃそっちが真似したんだから似るのが当然で。
やっぱり、国内であまり生産できないと普及は難しいようで。
韓国人が「高麗時代は盛んに茶を飲んでいたニダ」と言っていますが、実態は中国から高い茶を輸入させられ、中国からの来賓をもてなすときに使っていたのがほとんどです。
なので庶民は木の根を煎じて・・・なんか北朝鮮みたいです。

To hanehanさん
>茶色といえば、ち・や・いろ というふうに 土を焼いた時の色と聞いたことがあります^^
>
「ち・や・いろ」とは面白いですね。
日本の伝統色は、微妙な色が多くて好きなんですが、
このサイトなんか見ると土を焼いた色っぽいのもありそうですね。
http://www.colordic.org/w/
>そういえば、捏造初期へんな襟の付いたブラウスを着て茶をたてていましたが、その手の服もとんと見ませんねw
捏造初期は、日本の茶道と全く同じお手前で、服装だけが韓国風でした。
いろいろ指摘されて変わったようですが、今のバージョンは中国の茶芸とほとんど同じなので、そのうちまた変わるかもしれませんwww

To oraさん
>こんにちわ、
>
>チョン女が茶筅を使ってる画像を
>見たことありますね。
>
>しかしこの民族は民族としての誇りを
>持ち合わせて無いんでしょうね。
>
茶筅を使うのは、捏造初期の韓国茶道ですね。
何でも真似たがる子供みたいな民族で・・・

To tm05311さん
>お茶の話は、無限に湧き出る泉のようですね。
>言われてみれば、なぜ日本人だけが横手を作ったのでしょう。
>横にあった方が注ぎ易いし、不思議ですね。
気の短い江戸っ子が作ったのではないかと思ってます。
片手で蓋を抑えながら注ぐことができるので、横着な人にぴったりww
>ラーメン大好き小池さんのモデルは、天パでめがねなんですが、
>面長なんです。トキワ荘の住人だった人です。
>本当にラーメンばかり食べていたそうです。
誰もが知っている面白いキャラですね。
>カップラーメンは世界的な食べ物になってしまいましたが、
>USAだと少品種大量生産もあって、1個50円程度で買えるそうです。
>こんなに安く食べる事が出来るから、強盗をしなくて済むようになったと
>言う奴も居て、ラーメンがこんな貢献をしているのかと。
アメリカ人も相当横着ですね。安い食材で料理すれば安上がりなんですが、めんどくさいし金ないし、強盗するか・・みたいな。
>Qちゃんは、頭から布をかぶっているのですが、この同じ服を、
>タンスに大量に持っているというネタがあります。
>アインシュタインの弟子のレオポルト・インフェルトが、
>アインシュタインが同じ服を大量に持っていると書いていて、
>おのれはQちゃんか!と思いました。
アインシュタインもエキセントリックな人ですねww

今回は急須の話なので、煎茶のところは故意に曖昧にしているようですが、
まだまだ続きますよと、明言してくれた方が読者としてはワクワクします。
水琴窟にたどり着くには、何年かかるのでしょうか。

To tm05311さん
>今回は急須の話なので、煎茶のところは故意に曖昧にしているようですが、
>まだまだ続きますよと、明言してくれた方が読者としてはワクワクします。
>水琴窟にたどり着くには、何年かかるのでしょうか。
一応、まだまだ続く予定ですが、煎茶道をやっていればもっと面白いことが書けたかもと、ちょっと残念です。
水琴窟の音を数メートル離れた所で聞こえるようにした仕掛けのある庭園が、どこかにあったんですが。どこだったか思い出せません。うーん。

今回の急須の話は、面白かったですよ。
自分の様に浅薄な人間が、得意げに物知りアピールを
させないように、煎茶の話は後でまたやりますよとの、
演出をしてくれると、恥をさらさなくて済むのです。
煎茶道も面白そうですが、他にも触れていないネタが、
たくさんあるじゃないですか。

To tm05311さん
>今回の急須の話は、面白かったですよ。
どうもありがとうございます。
>自分の様に浅薄な人間が、得意げに物知りアピールを
>させないように、煎茶の話は後でまたやりますよとの、
>演出をしてくれると、恥をさらさなくて済むのです。
>
>煎茶道も面白そうですが、他にも触れていないネタが、
>たくさんあるじゃないですか。
煎茶も何か面白そうなものを書ければいいのですが、
その前に、詳しい先生からネタ仕入れが必要そうです(笑)
普通の茶道に関しては、まだまだ書きたい事が沢山あるんですが、
「韓国茶道はなぜ」シリーズにうまく乗せられるアイディアを
ひねり出さないといけません。
まだまだ修行が足りんです。

つい最近、ご隠居 さんの所で禿げ山半頭での植林のお話がございましたが、フチューの木もなき場所で、茶の木をどのように栽培していたのでしょうかね。  しかも、韓国人に茶のことを尋ねても、長い沈黙しか返ってこないのは、まさか捏造教育の発展速度が需要に追いついていないのでしょうか。 
しかし、捏造学とは奥が深いですね、朝鮮歴史だけではなく、日本、支那の歴史はもちろん植生限界など植物学を始め、科学全般をカバーし、尚かつ朝鮮文化歴史科学大系をよどみなく編纂して行かねばならいとは、世界トップを誇る朝鮮人の「ケンチャナヨ」性なくして取り組めない分野ですね。

自分が韓国茶道で1番不思議に思っているのは、
なぜ床に座ることにしたのかです。
彼らはイスに座っていたのだから、イスに座る茶道でないと。
片ひざ立てて、床にトレーを置いているのは、窮屈だと思いますし。

To parkmountさん
>つい最近、ご隠居 さんの所で禿げ山半頭での植林のお話がございましたが、フチューの木もなき場所で、茶の木をどのように栽培していたのでしょうかね。  しかも、韓国人に茶のことを尋ねても、長い沈黙しか返ってこないのは、まさか捏造教育の発展速度が需要に追いついていないのでしょうか。 
こんにちは。
茶の木を植えたそばから、切り倒して薪にしてしまいそうですね。
現在の中国でも、植林したそばから切り取られて盗まれているそうですし。
「捏造教育の発展速度」言い得て妙な言葉ですねww
かの国の人たちは、捏造してから証拠を作る「泥縄式」な感じが・・・
>しかし、捏造学とは奥が深いですね、朝鮮歴史だけではなく、日本、支那の歴史はもちろん植生限界など植物学を始め、科学全般をカバーし、尚かつ朝鮮文化歴史科学大系をよどみなく編纂して行かねばならいとは、世界トップを誇る朝鮮人の「ケンチャナヨ」性なくして取り組めない分野ですね。
「捏造学」ww
編纂すれば、百科事典が出来るかも知れません。
東大で生姜教授が講義するといいんじゃないでしょうか。

To tm05311さん
>自分が韓国茶道で1番不思議に思っているのは、
>なぜ床に座ることにしたのかです。
>彼らはイスに座っていたのだから、イスに座る茶道でないと。
>片ひざ立てて、床にトレーを置いているのは、窮屈だと思いますし。
どうも朝鮮半島では、椅子に座れるのは貴族階級だけだったようです。
19世紀末に朝鮮半島を訪れたアメリカ人が「椅子がねぇ~。つれぇ~」と、旅行記に愚痴を書いているようです。
日本を訪れた西洋人は、概ね畳に好感を持ったようですが、朝鮮半島を訪れた人たちは板の間だから辛かったでしょうね。

To maazさん
貴族しかイスに座れなかったのなら、なおさらイスに座らないと。
韓国人の先祖は、ほとんど貴族だそうだし。ウソですけどね。
板の間の家も、かなり金持ちの方だったんじゃないかと。
禿山ですから、木材はかなり貴重で高価だったと思います。
明治の日本の役人が、庶民の家を描写していますが、
壁は土と石で作り、稲ワラを屋根としていたとあります。
室内は土間でワラを敷いていて、高さが低く立てないそうです。
この家では、イスを使用することは出来ないし、
その前に買えないでしょう。

To tm05311さん
>To maazさん
>貴族しかイスに座れなかったのなら、なおさらイスに座らないと。
>韓国人の先祖は、ほとんど貴族だそうだし。ウソですけどね。
>
そうでした!国民の90%が貴族の国でしたね。
因みにその旅行記によりますと、アメリカ人一行が宿泊して歩いたのは両班の家だったようです。床は木で出来ていて、天井が低く、オンドルがあったそうです。そのアメリカ人の定義では、椅子を使う貴族は更に上の階級(王族関係?)のようです。
両班の家でも、たまに来客用の椅子が出されたそうですが、趣味が悪く、座り心地もよくなかったそうで、無い方がましみたいな・・

To maazさん
>因みにその旅行記によりますと、アメリカ人一行が宿泊して歩いたのは両班の家だったようです。
それなんですよ。当時の朝鮮のましな部分だけ見ています。
それでも信じられない惨状なんですが。
朝鮮人のほとんどは、もっと酷い状況だったと思います。
しかし、現代人としての常識が邪魔をして、そんな生活を、
想像する事が出来ないのではないかと思い始めています。

To tm05311さん
>To maazさん
>>因みにその旅行記によりますと、アメリカ人一行が宿泊して歩いたのは両班の家だったようです。
>
>それなんですよ。当時の朝鮮のましな部分だけ見ています。
>それでも信じられない惨状なんですが。
>朝鮮人のほとんどは、もっと酷い状況だったと思います。
>しかし、現代人としての常識が邪魔をして、そんな生活を、
>想像する事が出来ないのではないかと思い始めています。
このアメリカ人はアリフタン中佐という人ですが、彼の旅行記が「併合前の朝鮮には文化があった派」のバイブルみたいになっているんです。
当時の朝鮮社会を考えながら旅行記を読めば、彼が両班としか交流していないのは明らかなんですが。アリフタンが朝鮮で読み書きのできない者に出会ったことがないと書いていることを根拠に、朝鮮の識字率は100%だった主張したりしています。お笑いですが。

To maazさん
>このアメリカ人はアリフタン中佐という人ですが、彼の旅行記が「併合前の朝鮮には文化があった派」のバイブルみたいになっているんです。
アリフタン中佐の旅行記は読んだ事はありませんが、
1895年12月から翌年の1月に旅行した際の記録ですね。
イザベラ・バード女史は、日清戦争で日本人が払った賃金で、
朝鮮人が豊かになったと書いています。
1895年1月のソウルでは、賃金は2倍以上になり自発的に労働している、
とまであり、朝鮮半島に大きな変化が起こっている事が分かります。
アリフタン中佐の旅行は、変化の途中なので、割引く必要があるでしょう。
朝鮮に文化はありましたが、極一部の人間の話で、竪穴式住居より
粗末な家に住んでいる人が大部分だとは、気が付かないでしょう。
平壌だけに行き、マスゲームを見て感動するのと同じ病巣でしょう。
どうしても自分の経験だけで見てしまい、全く別の世界があることが、
理解出来ないのだと思います。自分もそうですから。

To tm05311さん
>アリフタン中佐の旅行は、変化の途中なので、割引く必要があるでしょう。
そうなんですよね。
アリフタン旅行記の支持者は、時期的な要件と、地域的な範囲、階級的な範囲といった要件を無視する傾向があります。
>朝鮮に文化はありましたが、極一部の人間の話で、竪穴式住居より
>粗末な家に住んでいる人が大部分だとは、気が付かないでしょう。
>平壌だけに行き、マスゲームを見て感動するのと同じ病巣でしょう。
>どうしても自分の経験だけで見てしまい、全く別の世界があることが、
>理解出来ないのだと思います。自分もそうですから。
韓国や中国から招待された財界人も、いいところだけ見せられて、中国経済や韓国経済を称賛するんですよね。

自分のせいで、もはや茶道とは違う話になってきました。
このまま続けて良いものなのですか?

To tm05311さん
>自分のせいで、もはや茶道とは違う話になってきました。
>このまま続けて良いものなのですか?
いえいえ、ご遠慮なく。大した回答もできませんが。
お茶の話は、本文の茶道シリーズで続けますので。

To maazさん
>いえいえ、ご遠慮なく。大した回答もできませんが。
>お茶の話は、本文の茶道シリーズで続けますので。
茶道シリーズの新作が、近々発表されるという意味ですか?
楽しみです。
ありがとうございます。最近、とある仮説にとりつかれていまして、
コメの流れには沿っているのですが、もう茶道とは関係ないので。
これから、まとめてみます。

To tm05311さん
>茶道シリーズの新作が、近々発表されるという意味ですか?
>楽しみです。
遅くなりましたが、茶の話(7)をアップしました。
>ありがとうございます。最近、とある仮説にとりつかれていまして、
>コメの流れには沿っているのですが、もう茶道とは関係ないので。
>これから、まとめてみます。
とある仮説・・・非常に気になります

To maazさん
>とある仮説・・・非常に気になります
朝鮮半島の事をある程度知っている人は、気付いているはずなんですが、
まさかそんな事があるかと内心で否定してしまっていると思います。
簡単な話です。朝鮮人は日本の隣で退化していました。
乞食が大乞食になった程度ですが、そんな事でも日本人には想像出来ない。
日本人は向上心を信じていますし、他の人間もそうだと思っています。
朝鮮人もそうだったに違いないと、思い込んでいます。
マイナス成長を何百年も続けたら、退化するしかない訳で、
中間層が没落して、ごく一部の支配階級も引きずられるように、
貧しくなっていったのだと思います。
お茶の栽培は出来なくても、中国や日本からお茶を購入して、
特権階級で喫茶の習慣が一時的に、あったのだと思います。
そんな高価な舶来品は、国が傾けば誰も買えなくなり、
廃れていったのだと思います。
この論を唱えると、問題になるのは朝鮮のピークはいつか?
となってしまい、答えが出なくなります。
朝鮮半島が豊かだった時代はと、さかのぼると統一新羅あたりまで、
行ってしまい、まさか千年以上退化し続けていたのか?
イザベラ・バード女史が、1ドルが3200枚の穴あき銭だと嘆いたのは、
1894年です。ソウルに、三越百貨店京城出張所がオープンするのが、
1916年。朝鮮人資本の和信百貨店が開業するのが1932年。
日本の資本投下等の施策があったとしても、
こんな短時間で、中間層がよみがえるには何か理由があるはずで、
朝鮮人にもベースがあったはずですが、いつなんでしょう。
答えが出せると良いのですが、自分には無理そうです。

はじめましてmaazさん
彼らの性格上広まれば勝ちという考えがすべてなように思えます。
写真だけですけど中国系の台?の上に日本の急須?
あきらかにパクリですけど外務省とか何もしないんですかね?
見ててすごくむかむかします。
自分には何もできないのが悔しいですね。

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