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バ韓国人研究者、歴史捏造中

「アラブ人が新羅に定着したという記録は多い」 韓国のシルクロード研究者
 

 慶尚北道が野心に満ちたシルクロードプロジェクトを始めた。「慶州とシルクロードの関係」を世界に知らせようということだ。20日午前10時、ソウル小公洞(ソゴンドン)ロッテホテルでは、「コリアシルクロードプロジェクト」国家事業化のための推進委員会が発足した。21日には第1次探検隊がシルクロードの重要地点、中国の西安に向けて出発した。このプロジェクトの企画には、韓国最高のシルクロード研究者チョン・スイル韓国文明交流研究所所長も参加した。出発に先立ち、20日、チョン所長にロッテホテルで会った。以下は一問一答の要旨。
 
--このプロジェクトを企画した意図は。
 
 「統一新羅とシルクロードの関係を究明しようということだ。もっと明確に言えば、慶州がシルクロードの東端起点ということを知らせようということだ。統一新羅と西域の間でシルクロードを通じた交易が盛んだったが、私たちはその時代、韓半島がどのように世界と疎通し、関係してきたかについて、あまり知らない。シルクロードは東西疎通の道で、私たちの根がある道であり、これは未来の韓国の歴史観にも影響を及ぼす。したがって歴史的に尊重し、研究しなければいけない」
 
--慶州がシルクロードの東端起点という主張は言い過ぎでは。
 
 「慶州がシルクロードで最も重要な場所だったというのではない。中国西安が最も重要な都市だったのは正しい。しかし慶州が東側の出発点だったという点を想起させようということだ。実際、シルクロードはいくつかの道に分れている。3大幹線、5大支線という網目型の経路だ。幹線路の東端起点で終着点が“金色に輝く都城”の金城、すなわち“慶びの村”の慶州だ。これまで学問的にシルクロードから韓半島が除外されてきた。中国に研究が偏ってきた。しかしそれは事実でない。各種遺物・記録から、シルクロードは韓国と西域、南米までも関連していることが明らかになった。シルクロードを学問的に新しく確立しなければいけない」
 
--遺物や記録のような歴史的な証拠はあるのか。
 
 「日本の学者、由水常雄氏の『ローマ文化の王国-新羅』では、新羅をローマ文化の王国と描写している。ローマ時代から西域と新羅の間に活発な交流があったということだ。もちろん遺物と史料で立証される。例えば文官の埴輪や武人の石像など地上の遺物を見ればよい。すべてローマ、ペルシャ、アラブと関連した遺物だ。新羅文化に見られる蓮華・唐草文様の壁画や古代ギリシャ文様も同じだ。中国やイスラム圏、西欧、欧州にも多大な学問的な影響を及ぼしたイドリシ(Abu “abdallah al-Idrisi、1100-1165年)が1154年に制作した世界地図には、新羅が中国の海岸に散らばる多くの島国の一つとして描写されている。昔から新羅がシルクロードを通じて知られていたという記録だ。統一新羅の僧侶・慧超が書いた『往五天竺国伝』も歴史的な根拠になる」
 
--新羅がアラブ圏と直接関係を結んだという記録はあるか。
 
 「当然ある。ほとんどの記録が新羅を理想郷と見ている。845年ごろ、アラブ歴史学者イブンフルダーズベーが書いた『王国総覧』には、『中国の東側に新羅という国があるが、9人の王が治め、金が多く、住みやすい美しい国だ。このため新羅に行けば帰らず永遠に暮らす同族が多い』という記録が出てくる。ムスリム地理学者マクディシ(al-Maqdisi)が966年に書いた『創世と歴史書』にも『中国の東側に新羅という国があるが、空気が澄んで、富が多く、土地が肥沃で、水が良いだけでなく、住民の性格も穏やかで、新羅に行った人たちはそこから離れようとしない』とある。慶州の掛陵(新羅第38代元聖王の墓と推定)の前に立っている武人石像が新羅に来たアラブ人を表している」 
  
 
--より直接的な交易の証拠が必要では。
 
 「装飾宝剣を例に挙げることができる。これは5、6世紀にローマから地中海を通って新羅に入ったものだ。韓国だけで発見される。またアラブ系、西域系の遺物も多い。代表的なのが乳香と安息香などアラブ産の香料、新羅古墳・寺院から出土する各種ガラス器具、一般庶民も愛用した瑟瑟(西域産宝石)や玉のような嗜好品、短剣や埴輪がある。統一新羅も西域に物を輸出した。地理学者イブンフルダーズベーは歴史地理書『諸道路及び諸王国地』(845年)で、絹、剣、麝香、沈香、鞍、貂皮、陶器、帆布、肉桂など11品目を挙げている
 
 

--どのような経路でシルクロードが慶州まで続いたのか。
 
「すでに陸路、海路ともにあるという研究結果が発表されている。陸路を立証した史料は燕(BC323-BC222)で作られた貨幣の明刀銭だ。明刀銭は古朝鮮・高句麗・渤海で主に発見され、慶州と南海にいたるまで幅広い地域で発掘されている。これは陸路を通じた交流を表す事例であり証拠だ。こういう遺物を見れば、シルクロードが韓半島まで達していたことを推定できる
 

 
--なぜ「シルクロード韓半島延長説」はあまり知られていないのか。
 
 「きちんと研究をし、これを知らせようという努力がなかった。2000年に『イスタンブール-慶州エキスポ』で初めて私たちが地図に点線ではあるがシルクロードを表現して展示した。慶州から西安までを“シルクロード”と広報している。最近はもう少し堂々と努力している」
 

 
--日本も「シルクロード延長説」を主張するが、根拠はあるのか。
 
 「かなり努力している。しかし日本は島だ。韓半島を通じて日本まで行ったが、陸路ではない。日本は私たちのように埋没遺物、地上遺物がない。奈良県東大寺にある王室の遺物倉庫に行けば、新羅遺物や西域遺物がある。日本側はそこにある新羅遺物も西域との交流の証拠と主張する。シルクロードの地図も別に作り、海路が日本にまで続いたという
 
 

--シルクロードが韓半島まで続いていたということは何を意味するのか。
 
 「かなり以前から韓半島は世界と疎通していたという点が改めて注目される。シルクロードと関連した国や国民および研究者にとって新鮮な衝撃であり、文明交流の通路であるシルクロードの活性化に世界史的に寄与することになる。シルクロードは砂漠や海水に埋もれた死んだ道ではなく、生きて呼吸する道だ。道端の一つの草、土器の欠片、色あせた壁画1枚、崩れた家の跡など…。すべてのものが無言で昨日を知らせ、今日を悟らせ、明日を眺めさせる。シルクロードは遠くても近くの私たちの中にある道だ。苦行とロマンが共存する道でもある。その意味を大切にしなければならない」(中央SUNDAY第315号) 
 

http://tosi.iza.ne.jp/blog/entry/3034657/

 

 

 

今回は、ご隠居様からのパクリネタですww

 

すみませんねぇ。パクリで申し訳ありませんが、なんつーか、ご隠居様のツッコミが物足りなかったもので、僭越ながらさらなるツッコミを・・・

 

 

 

>「コリアシルクロードプロジェクト」国家事業化

 

もう、これだけで笑える人は笑えると思います。

K-POOPだの、韓食だの、バ韓国の国家事業って・・・まあ、いいや。

 

 

 

>イドリシ(Abu “abdallah al-Idrisi、1100-1165年)が1154年に制作した世界地図には、新羅が中国の海岸に散らばる多くの島国の一つとして描写されている

 

イドリシさんが書いた地図ってのは、コレですね。

 

 

 

南北が逆になっているので分り難いかもですが、新羅が中国の海岸に散らばる多くの島国の一つって、左上方に散らばる島々のことですか?

 

どう見ても、南シナ海に浮かぶフィリピン諸島です。ありがとうございました。

 

 

 

>ムスリム地理学者マクディシ(al-Maqdisi)が966年に書いた『創世と歴史書』にも『中国の東側に新羅という国があるが、空気が澄んで、富が多く、土地が肥沃で、水が良いだけでなく、住民の性格も穏やかで、新羅に行った人たちはそこから離れようとしない』

 

はい、はい。アル・マクディシさんね。

http://en.wikipedia.org/wiki/Al-Muqaddasi

 

Al-Muqaddasi was born in Jerusalem in 946 AD. He had the advantage of an excellent education and after having made the Pilgrimage to Makkah in his twentieth year, determined to devote himself to the study of geography. 

アル・マクディシは、946年エルサレム生まれ。高等教育を受け、20代にメッカに巡礼した後、地理学の研究に生涯をささげることを決意。

 

あれ?946年生まれで966年ていうと20歳ですが、これだと、マクディシさんは地理学の研究どころか、メッカへの巡礼もまだしてないんじゃないですか?

 

 

For the purpose of acquiring the necessary information he undertook a series of journeys which lasted over a score of years, and carried him in turn through all the countries of Islam.

必要な情報を得るため、何年にもわたり何度もイスラム諸国への旅に出ている。

 

あれ?マクディシさんは、イスラム諸国に出かけただけで、新羅くんだりまでは行っていないようですが。

 

 

It was only in 985 that he set himself to write his book, which gives us a systematic account of all the places and regions he had visited.

彼が本を執筆したのは985年のみで、彼が訪問した地域を体系的にまとめている。

 

あーあ、バレちゃった。マクディシさんが本書いたのは985年じゃないですか。966年とか、捏造するならもうちょっと調べないとwww

 

 

 

 

統一新羅も西域に物を輸出した地理学者イブンフルダーズベーは歴史地理書『諸道路及び諸王国地』(845年)で、絹、剣、麝香、沈香、鞍、貂皮、陶器、帆布、肉桂など11品目を挙げている

 

「諸道路及び諸王国地」って・・・「道里邦国志」ってヤツですね。

 

こちらに、中国人が「道里邦国志」を纏めたものがありますね。中国では、中国語版が多く出回っているようです。

http://bbs.tianya.cn/post-no05-5388-1.shtml

 

 

但是《道里邦国志》中没有直接的??大食与中国的?易交往情况,只是??了中国一些港口,如?府(广州)、?久、?突(江都)。而且,此????了唐与大食?易往来的主要商品,?些商品主要有??、宝?、花?、麝香、沉香、?鞍、貂皮、陶瓷、?勒??、肉桂、高良姜。唐代外国?入中国的主要商品是香料、珍珠、象牙、犀角等珍品。

「道里邦国志」には、大食(タージ=アラブ)と中国の貿易状況についての直接的記載はないが、如漢府(広州)、漢久、剛突(江都)などいくつかの港に関する記述がある。また、この書には唐と大食の間を往来した商品として、シルク、宝剣、緞子、麝香、沈香、鞍、テンの毛皮、陶器、マント、シナモン、コウリョウキョウが記されている。唐代に外国が輸入した中国の主要商品は香料、真珠、象牙、犀の角などの珍品であった。

 

おいおい、何が統一新羅も西域に物を輸出しただよ。

絹とか、剣とか、麝香とか、沈香とか、11品目は、中国と大食の間を往来した交易品だって、イブンさんしっかり書いているし。

 

そもそも、朝鮮半島に麝香なんかなかったし、沈香の香木は南方のジャングルにしかないものだし、朝鮮人には輸出できるほど質の高いシルクだの緞子だの作れなかったし、シナモンやコウリョウキョウも中国南方から東南アジア原産だし。

 

しかも?勒??は、帆布じゃなくてマントだし。ちゃんと訳せよww

 

花?は訳せなかったみたいだし。そりゃ、緞子なんて見た事もなけりゃ訳せないよねぇ。しかも、緞子ってもともとはダマスク織のことだから、当時なら西域から中国へ渡った商品ですね。その後、中国や日本でも作られるようになりましたが。

 

 

 

>アラブ歴史学者イブンフルダーズベーが書いた『王国総覧』には、『中国の東側に新羅という国があるが、9人の王が治め、金が多く、住みやすい美しい国だ。このため新羅に行けば帰らず永遠に暮らす同族が多い』

 

伊氏?中?新?和瓦格瓦格(倭国)也略微提及,?新?的??“?国盛?黄金,由于土地良美,故有一些穆斯林入其国就定居下来”

イブン氏の書は、新羅とワクワク(日本)についても少し言及している。新羅については「黄金の産出が盛んで、土地柄も良く、ムスリムの中には定住する者もいくらかいる」と書かれている。

 

定住する者も、いくらかいたそうです。

 

 

?瓦格瓦格的??“那里盛?黄金,以至于瓦格瓦格的人民用黄金制成拴狗?子及猴子的?圈,拿黄金?成的衣服去??”。在他看来,?方到?都是黄金。后来?多西方人都???方到?是黄金。《?可波?游?》中就???方是一个遍地黄金的人?天堂。

ワクワク(動物ランドかよww)については、「そこでは黄金の生産が盛んで、人々は犬をつなぐ鎖や猿の首輪まで黄金で作り、黄金で織られた衣服で買い物に出かける」。彼によると、東方はいたるところ黄金だらけで、その後西洋人はみな東方は黄金の土地だと認識するようになる。マルコポーロの「東方見聞録」でも、東方は黄金の楽園とされている。

 

要するに、「道里邦国志」には、新羅とワクワク(日本)に関してはチョロっとしか書かれておらず、しかも伝説とか言い伝えの類ww

西洋人に、黄金の国ジパングの勘違いを広めた張本人のようです。

 

しかし、日本に関しては、純度の高い金貨や銀貨で支払いがされていたことから、黄金の国と認識されたのも無理からぬことかと。

 

新羅については・・・知らん。そもそも金鉱なんてあったっけ?

 

 

>陸路を立証した史料は燕(BC323-BC222)で作られた貨幣の明刀銭だ。明刀銭は古朝鮮・高句麗・渤海で主に発見され、慶州と南海にいたるまで幅広い地域で発掘されている。これは陸路を通じた交流を表す事例であり証拠だ。こういう遺物を見れば、シルクロードが韓半島まで達していたことを推定できる

 

中国の貨幣が発掘されただけで、なんで西域との交流を示す証拠になるんだかww

中国と朝鮮半島の交易の証拠でしかないだろーが。

 

アタマおかしいの?

 

 

>しかし日本は島だ。韓半島を通じて日本まで行ったが、陸路ではない。

>シルクロードの地図も別に作り、海路が日本にまで続いたという。

 

いやいや、海のシルクロードの地図は、日本が勝手に作ってるものじゃないっての。

 

しかも、見ての通り、朝鮮半島を通ってえっちらおっちら行くより、海上を日本ダイレクトの方が圧倒的に速いっての。

http://english.shaanxi.gov.cn/english/templates/articleChinese.jsp?sSeq=27606&sFlag=Y&chinesehtml=/articleHottopic

 

上の中国峽西省のサイトにも書かれていますが、19世紀にドイツ人学者が書いた「中国親程旅行記」で既に「シルクロードは陸路と海路の二つあった」と記されているわけで、別に、オタクらバ韓国人が昨日今日思い立った「シルクロード慶州起源説」のように、日本がゴリ押ししてるものじゃないんです。

 

 

そもそも、チョンさん、あんたが引用してるイブン・フルダーズベー氏の「道里邦国志」にだって、海のシルクロードについて記録したものですから。

 

《道里邦国志》??了各地之?的路程、各地的商?及其?量与价格、商路上的食宿条件、海港与海上航程等情形。尤其是?中国的?港口、河、物?及海上的航程等情况有着??具体的?述。 

伊氏的《道里邦国志》中所??的通往中国的海路航?大致如下:

「道里邦国志」は、各地間の旅程、各地の商品およびその質量と価格、商路上の食事や宿泊条件、港と航路の状況等について記載されている。とりわけ中国の諸港、河川、物産、会場の航程等の状況を具体的に記述している。

イブン氏の「道里邦国志」に記載された、中国への海路は以下のとおり:

 

 

 

>「アラブ人が新羅に定着したという記録は多い」 

 

 

   簡単にバレるような捏造すんなww

 

 

 

※この記事は、歴史認識云々などと言って絡んでくるバ韓国人を黙らせるなど、様々な場面でご活用ください。

 

 

 

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No title

おぉ、これはすごい!
なかなかここまで詳細に突っ込みは入れられませんよ。

だから朝鮮人も安心して大http://www.iza.ne.jp/izaword/word/%25E3%2583%259C%25E3%2583%25A9/" class="keyword">ボラふいちゃったんでしょうねぇ。
まぁ確かにどこにどういう記述があるのかを突き詰めれば間違いなく嘘であることはわかるんだと思いますけど、今の忙しい世の中、ほら吹きに付き合っていられる人間は少ないですからねぇ。
まぁタイミングの問題だとは思いますが。

それにしても朝鮮人はどこまでも嘘をついていないと生きていけないんでしょうかねぇ。そうなんでしょうねぇ。
そろそろ支那について、日米には蝙蝠いや、ねずみ男みたいな態度をとるんでしょうね。
それが世界で一番嫌われることなのに。

No title

すごいですね。勉強になります。

泥棒が金目のものしか盗まないように、商人だって金目の物しか運ばないんですよね。で、大枚はたいてくれるローマ人が欲しがった香料や香辛料が朝鮮半島で産出していた…わけないじゃん。香辛料ってのは、後の大航海時代を生み出すほどの価値のあるものだったんですが、その時代でも朝鮮半島は鎖国が出来る程蚊帳の外だったわけなんだし。
で、どうして日本にペルシャの品物があるかって、そりゃ、銀が取れたからでしょ?で、それを日本は大事に大事にしまっておいたのです。だから、ある意味シルクロードにロマンを感じられるんですが、何もない所から想像をねつ造できるなんてある意味凄いことでもあります。

No title

 それにしても、本当に南朝鮮にはワケがわからない研究所だとか研究者の類が多いですね。年がら年中、こうやって「栄光の過去」の捏造に血道を上げているんですねぇ、他にやることないの?
 我々が「極右の日本人」だからそう思うのではなく、http://www.iza.ne.jp/izaword/word/%25E9%259F%2593%25E5%259B%25BD/" class="keyword">韓国を知った外国人は大抵そう思うみたいで、シルクロード云々ではなく、例の「日本国呼称問題」についてですが、アンドリューさんという英タイムス紙記者が、こんな一文を寄せてますね。

http://news.naver.com/main/read.nhn?mode=LSD&mid=sec&sid1=001&oid=040&aid=0000122661
(No sea change for East Sea)


No title

To kentantoさん
>おぉ、これはすごい!
>なかなかここまで詳細に突っ込みは入れられませんよ。
>
>だから朝鮮人も安心して大http://www.iza.ne.jp/izaword/word/%25E3%2583%259C%25E3%2583%25A9/" class="keyword">ボラふいちゃったんでしょうねぇ。
>まぁ確かにどこにどういう記述があるのかを突き詰めれば間違いなく嘘であることはわかるんだと思いますけど、今の忙しい世の中、ほら吹きに付き合っていられる人間は少ないですからねぇ。
>まぁタイミングの問題だとは思いますが。
>
>それにしても朝鮮人はどこまでも嘘をついていないと生きていけないんでしょうかねぇ。そうなんでしょうねぇ。
>そろそろ支那について、日米には蝙蝠いや、ねずみ男みたいな態度をとるんでしょうね。
>それが世界で一番嫌われることなのに。
>

そうこうするうちに、半島は第二次http://www.iza.ne.jp/izaword/word/%25E6%259C%259D%25E9%25AE%25AE%25E6%2588%25A6%25E4%25BA%2589/" class="keyword">朝鮮戦争に突入しているようですが、さっさと実戦に入らんかい!この嘘つきどもめが!!!と思うのであります。

No title

To pochi-oneさん
>すごいですね。勉強になります。
>
>泥棒が金目のものしか盗まないように、商人だって金目の物しか運ばないんですよね。で、大枚はたいてくれるローマ人が欲しがった香料や香辛料が朝鮮半島で産出していた…わけないじゃん。香辛料ってのは、後の大航海時代を生み出すほどの価値のあるものだったんですが、その時代でも朝鮮半島は鎖国が出来る程蚊帳の外だったわけなんだし。
>で、どうして日本にペルシャの品物があるかって、そりゃ、銀が取れたからでしょ?で、それを日本は大事に大事にしまっておいたのです。だから、ある意味シルクロードにロマンを感じられるんですが、何もない所から想像をねつ造できるなんてある意味凄いことでもあります。


まあ、朝鮮人ご自慢の香辛料である唐辛子ですら、日本から伝えられたものですしwwwってか、日本人は親切すぎるでしょう。カネもない、朝鮮人に唐辛子を伝えてあげるなんて。

No title

To prijonさん
> それにしても、本当に南朝鮮にはワケがわからない研究所だとか研究者の類が多いですね。年がら年中、こうやって「栄光の過去」の捏造に血道を上げているんですねぇ、他にやることないの?
> 我々が「極右の日本人」だからそう思うのではなく、http://www.iza.ne.jp/izaword/word/%25E9%259F%2593%25E5%259B%25BD/" class="keyword">韓国を知った外国人は大抵そう思うみたいで、シルクロード云々ではなく、例の「日本国呼称問題」についてですが、アンドリューさんという英タイムス紙記者が、こんな一文を寄せてますね。
>
>http://news.naver.com/main/read.nhn?mode=LSD&mid=sec&sid1=001&oid=040&aid=0000122661
>(No sea change for East Sea)
>

世界中探しても、珍しいと思いますよ。あれだけ誇れるものが何もない国って・・・。

No title

ヘンドリック・ハメルの本を読んだ事が無いようですね、このhttp://www.iza.ne.jp/izaword/word/%25E9%259F%2593%25E5%259B%25BD/" class="keyword">韓国人は。
当時の欧州では、朝鮮半島は、島だと認識されていたのです。
その程度の認識で、どうでもいい地域のお話でしょ。
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