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茶の話(11) 韓国茶道には、なぜ流派がないのか?

侘び茶の祖は、利休の先人である村田珠光と武野紹鷗でございますことは、前回ご説明申し上げたとおりでございますが、多くの茶の流派の原点となっておりますのは千利休でございます。

 

利休の死後、利休七哲とよばれる利休の直弟子の武将茶人が茶の湯の普及に大きく貢献致しました。中でも古田織部は、利休が秀吉の不興を買い堺へ帰る時、他の弟子たちが秀吉を恐れ見送るのをためらう中、七哲の一人細川忠興(三斉)とともに淀川の対岸で見送る程、利休を信奉しておりました。織部は、利休の教えを最も厳格に守りとおした茶人の第一人者でございましたが、奇しくも後年、徳川家康の不興を買い利休と同じ運命を辿ることになるのでございます。
美濃焼の織部は、この古田織部が当時斬新な意匠を提案し、美濃の陶器職人に焼かせたのが始まりでございます。

 

織部の後を受けて、茶の湯の第一人者となりましたのは、小堀遠州でございまして、大名茶人らしく生涯に四百回も茶会を催し、その道具の好みは「綺麗さび」と呼ばれる価値の高いものでございました。また、作事奉行を務めた実績もある遠州は、現代にも遠州好みと言われる多くの建造物や庭園を残しております。

 

また、姫宗和と呼ばれた金森宗和の優美な茶道は、公家茶道に大きな功績を果たしたのでございます。
 

日本の茶道は、侘び寂びの世界で地味だというのは単なる思い込みに過ぎませんで、大名茶道や公家茶道など非常に華やかな世界もあるのでございます。

 

大名茶人の功績により、江戸期に入りますと「ひとかどの武将の中にあって茶の湯を知らぬものは恥」とまで言われるようになり、このような江戸初期の茶の湯の流行を「大名茶」と申しました。
この流れが、現代の遠州流や上田宗箇流などの武家茶道として続いております。

 

この他に、薮内、石州、宗編など、利休や宗旦の弟子たちが独自の流派を成しております。
この中で無意識のうちに、皆様に良く知られている流派が宗編流でございます。
宗編流の山田宗編は、宗旦四天王の一人で、吉良上野介の茶道指南役として活躍致しました。あの元禄赤穂事件におきまして、浪士大高源吾に吉良邸茶会の日程を教えた人物でございます。

 

一方、町人などに茶の湯を普及いたしましたのは、利休の直系三千家でございます。
利休の孫である宗旦には、四人の男子がおりました。宗旦は、その内の末子「宗室」に自分の茶を譲りたいと考え、三男「宗左」に不審庵を譲り、同じ敷地内の裏手に庵を建て末子とともに移ります。これが、現代に続く裏千家の「今日庵」でございます。因みに、二男「宗守」が分家として官休庵を建てたのが武者小路千家でございます。

 

三千家の家元は、代々、世に多くの茶人を送り出す他、加賀の前田家などの大名に茶道奉行として仕えるなど、武家茶道への貢献も致しております。

 

このように日本の茶道は、大きく町人茶道、武家茶道、公家茶道に分けることことができ、それぞれの茶道の点前にも特徴はございますが、基本は利休のお点前でございます。ただ、このような流れの違いがございますのは、町人・武家・公家の生活様式の違いに起因する部分が大きくございます。

 

例えば、大名などの場合、常に大勢の家来を連れて歩かねばなりません。それは、茶会に呼ばれた時も同じでございます。大名同士の茶会におきましては、家来などの連客の扱いや、武士が常に携帯する大小などの扱いにも気を配らねばなりません。そのため、茶室のしつらえ等も大名の生活様式にあったものを創造する必要がございました。

 

公家についても、同じようなことが言えましょうが、何分にも公家・宮家の茶道は伝聞でしか存じませぬゆえ、詳細は分かりかねます。ただ、宮家の茶道をご存じの茶人のお点前を拝見致しましたところ、大変ゆったりとした優美なものでございました。

 

このような生活様式の違い以外にも、時代の流れにより新たな点前を創造する必要性と言うのもございます。
実は、どの流派でも代々家元が、時代に合わせたお点前を考案しているのでございます。
現在、立礼式と言われる椅子に腰かけてお点前をする様式は、明治時代にすでに確立しておりました。考案いたしましたのは、裏千家第十一代弦々斉精中宗室(1810-1877)でございます。弦々斉は、松平縫殿頭乗友の子で、十歳の時に裏千家の養子となった人物でございます。幕末から明治の動乱にかけて、伝統を守りつつ、外国人にも受け入れやすいよう新しい時代に適した点前を多く考案いたしております。

このように流派と申しますのは、武道や芸能などにも見られますように、特定の技術を伝承すべく、また時代の変化に対応しつつ伝統を守るためのものなのでございます。

 

 

さて、お待ちかねの韓国茶道(高麗茶道)の流派については如何でございましょう。
 

まず、日本で韓国茶道(高麗茶道)を教えていらっしゃる先生方ですが、偉大なぐーぐる先生にお尋ねしても、申雅子さん、吉田珠子さん、尹道心さんの三名ほどしか回答がございません。通常、一つの流派には複数の師範が存在するものでございます。千年の歴史を持つ高麗茶道の割にはお寒い状況でございますが、ケンチャナヨ精神で気にせず先に進みましょう。

 


まずは、金敬善韓国語学院でお点前を披露する申雅子先生でございます。
http://www.kyongsun.com/kagai01.html

 

ロング茶筅茶道は、この方の発案だったようでございます。

 

こちらは、申雅子先生にお茶を習った方のサイト
http://doracoco.hacca.jp/tado.html

 

ロング茶筅を使う理由は「『日本のお茶と差別化するため』特に機能的な理由ではないそうです」とのことでござ

います。
さらに「高麗茶道は「在日の文化」だと主宰の申雅子先生はおっしゃいます。本国の人からは賛否あるそうですが

・・・」とのことで、高麗茶道は在日の文化と主張されております。

 

 

こちらは、閑珠流茶禮の吉田珠子先生。
http://kanjyubou.com/03.html

 

平成5年より本格的に日本茶道を習い始める。
平成18年鎌倉の国際香道(丹下流)助講師資格取得。
平成20年2月 釜山女子大学伝統茶道科卒業。

 

という肩書の持ち主でいらっしゃいます。

 

「閑珠房について」を読みますと、
http://kanjyubou.com/01.html
 

「約30年ほど前から韓国では伝統文化に関心が高まり茶文化が注目され、それに伴い形式化され、新たに創られたのが韓国茶道の始まりです。日本の茶道とは遥かな違いがあります」

 

と、さりげなく我こそは韓国茶道の起源と主張されております。さらに・・

 

「現在、韓国では雨後の筍のように数多くの茶道会派が生まれ、それぞれが競い合っております。日本にも幾つかの韓国茶道が入ってきておりますが、その目的と真意を見極めることも大切なことだと思います」

 

他の会派は胡散臭いから気をつけなさいと、これまたさりげなくご自身の正当性を主張。

 

 

そして、こちらが尹道心先生の韓国茶道協会京都支部 

http://kankokusadou.com/index.html

 

「わが国の茶文化は三国時代から中国から伝来し新羅、高麗にかけて仏教とともに隆盛をみせておりましたが、朝鮮王朝三大王(太宗)時から衰退していく中、僧やソンビ達によって脈を繋いで参りました」

 

とのことですが、7世紀後半に終わった「三国時代」に中国から伝来したとなりますと、陸羽が記した世界最古の「茶経」以前のことになってしまいますので、これは「後三国時代」でございましょう。このような誤解を誘う表現を使うあたり、吉田先生のおっしゃる通り確かに胡散臭いものを感じます。

 

しかしながら「単位取得者には釜山女子大学から認定書が貰えます」とのことで、吉田珠子先生がお持ちの釜山女子大学「認定書」は、釜山に行かずともこちらで取得できる手軽さが売りのようでございます。

 

因みに、京都新聞によりますと「韓国国内では約30年前から伝統文化復興に関心が高まるなか、茶の研究を重ね、伝統を重んじながら現代に合う行茶法を創作した鄭理事長が同協会を設立、同大学に伝統茶道科も設け普及図っている」とのことで、釜山女子大学に伝統茶道家を設置したのは韓国茶道協会の鄭相九理事だそうで・・・

 

さらに、韓国伝統茶園のサイトを覗きますと、
http://www.boriam.net/kankokusadou/index.html

 

「この度、韓国の禅茶の祖である草衣大禅師の脈を継ぐ第7代目を継承致しました」
と草衣意恂(1786~1866)の7代目を自称されております。

 

残念なことに、2代目から6代目までが誰なのか、草衣に茶の弟子がいたという記録は一切ございません。また、

草衣の茶に関する著書『茶神伝』は、中国の『万宝全書』の中から茶と関連した「茶経採要」の原文を選び纏めたも

のでしかなく、『東茶頌』には国内産の茶を称賛する「詩」が書き記されているのみで、茶を点てる作法について

はほとんど記されておりません。

 

7代目には、是非とも草衣没後の歴史を詳らかにしていただきたいものでございます。


 

このように見てまいりますと、韓国茶道の会派(?)は『我こそは韓国茶道の起源』とさりげなく主張するもののようでございまして、特定の作法について伝承する所謂「流派」とは目的を異にしているようにございます。

 

しかしながら、「日本の茶道は韓国起源!」という主張をしてしまいましたがために、どの先生方も「韓国茶道の創始者」として利休のように歴史に名を刻み、子子孫孫その栄光に浴する機会を逸してしまったのは残念の極みでございましょう。


 

本物の韓国伝統茶の情報については、韓国旅行サイトでどうぞ:

韓国伝統茶 http://www.konest.com/data/gourmet_mise_detail.html?no=740

先祖を供養する韓国伝統茶禮 http://www.konest.com/data/korean_life_detail.html?no=437

 

 

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韓国茶道(高麗茶道)シリーズ

 

茶の話(1) 茶葉の話

茶の話(2) 「相棒」杉下右京の珍推理

茶の話(3) 韓国茶道では、なぜトイレットペーパーを使うのか?

茶の話(4) 韓国茶道では、なぜ保温ポットを使うのか?

茶の話(5) 続・韓国茶道では、なぜ保温ポットを使うのか?

茶の話(6) 韓国茶道では、なぜ急須を使うのか?

茶の話(7) 韓国茶道では、なぜトレイを使うのか?  

茶の話(8) 韓国茶道では、なぜ茶杓を使わないのか?

茶の話(11) 韓国茶道には、なぜ流派がないのか?

茶の話(12) 高麗茶道は、なぜ廃れたのか? 

 

 

 

AUTHOR: ご隠居 DATE: 08/03/2010 14:16:02  お笑いを真面目くさったっ口調で解説するのは楽しいことです。  アチラの方のいわく因縁は語れば語るほど語るに落ちるといいますか、まあ韓国の場合は森羅万象がそんなものですが。
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To tm05311さん
>韓国茶道の中興の祖を狙えば良いと思うけど、気が付かないでしょうね。
起源を主張することしか頭にないので、そんな高度な思考はできないかと・・・
>豪州の濃霧がブログ更新に影響を与えているかな?と思ったりもしましたが、
>当然仕事ですよね。
>こっちは、暑くてどうにもなりません。もぐもぐもぐもぐ。
>ガリガリ君ばかり食べてます。おかげで、生産が追い付かないそうです。
こちらは、数十年ぶりの寒波らしいんですが、シベリア寒気団に比べれば温暖です。ガリガリ君の人気が高まると、某半島に「ガリガリニム」とかいう商品が出現しそうですが。

To maazさん
近所のコンビではガリガリ君は売り切れです。カップ入りの氷菓を、
先回りして買い占めておきましたが、これも今は無いです。
兵站は延びきっていますぞ。
裏の汚水製のガリガリニムは、既に実績がありますよ。
氷にゴミが入っているのに、誰も気にせず営業していました。
そんな氷を口に入れたら、臭いで分かると思うけど。
ま、そんな連中ですから、お茶の違いなどとてもとても・・・

To tm05311さん
>裏の汚水製のガリガリニムは、既に実績がありますよ。
>氷にゴミが入っているのに、誰も気にせず営業していました。
>そんな氷を口に入れたら、臭いで分かると思うけど。
>ま、そんな連中ですから、お茶の違いなどとてもとても・・・
すでに、実績があったとは・・

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