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茶の話(13) 丁宗鐵をぶった斬る!

前の茶の話エントリで、 purpule-d さまから大変興味深い本のご紹介を頂きまして、居ても立ってもいられなく、飲みから帰って早速取り上げさせていただきます。ということで、以下、酔っ払いの乱筆乱文お許しいただければ幸いです。

 

まず、purple-dさまのコメントから、本の内容の説明を抜粋させていただきます。

 

「正座と日本人」丁宗鐵(てい むねてつ、講談社刊)が発端となり、貴ブログを知りました。
この本には、正座を主題に論じながら、茶道が朝鮮由来ということが当たり前のように書かれていたのです。

「高麗茶道」という聞き慣れぬ言葉(54ページより記述)が、史実に織り交ぜたように書かれています。
加えて、高麗茶道の確立を補強するかのように、千利休の名字である、「千」は「高麗には普通にあった名字」と記載されている。
あるいは、「にじり口」は朝鮮建築の典型例とあり、茶室の「小間」は、江戸時代までは「高麗」と書き、朝鮮建築のこと……などと言い切っています。
そして利休は「高麗趣味を堂々と表に出す人」だとも記してある。
キリシタンを俎上にあげたうえで、利休の思想とは、インターナショナルであるとも結論づけています。
日本史の説明のなかに巧みに、何気なく、紛れ込ませているように思えてならないのです。
はっきりいえば、このような叙述には、強い違和感があり、史実や実在した人物に憶測を巧妙にブレンドした書き方に感じたのです。一種のサブミリナルを狙うような記述とでもいいましょうか。
高麗茶道については、さして言及せず、すでに事実として存在した文化で、しかも脈々と伝わっていたように記載されているのです。
私はいまだにこの著者の正体や思想が判然とせず、それが逆に狡智に感じるばかりでいます。

 

何とも面白すぎて、笑いが止まらず言葉がでない状況でございます。

ツッコミどころが多過ぎて困るのでございますが、差し当たって今回は、『千利休の名字である、「千」は「高麗には普通にあった名字」』を、ぶった斬らせて頂きとう存じます。

 

では、千利休の生い立ちからご説明させていただきます。

 

千利休は、幼名、田中与四郎といい、1522年に堺の今市に生を受けたのでございます。

 

おーっと、ここでもう既に丁宗鐡のウソが簡単にぶった斬られてしまいました!

 

はい、利休の姓は、田中でございまして、千は後から名乗ったものでございます。高麗人に普通にあった名字などと、あたかも利休が高麗の末裔であるかの如くデタラメを書いているようですが、全く違うのでございます。そこの朝鮮人!ウソも大概にしなさい。

 

利休が、千姓を名乗るようになりましたのは、祖父の千阿弥の一字を取って織田信長から与えられたと言われております。

利休の祖父、千阿弥は能阿弥と同じ同朋衆(どぼうしゅう)で、足利家に仕える身の回りの相談役でございました。

能阿弥の能が名字でないのと同様、千阿弥の千も名字ではございません。一種の芸名のようなものでございます。

 

利休の父、田中与兵衛は納屋衆で、現代の総合商社のような会社を営んでおりました。納屋衆は、相当な地位と財力がなければなれないもので、利休はその財力を背景に、幼いころから茶を学び、十六歳になりますと当時の有名な茶人を自分の茶会に招くまでになったのでございます。

 

十七歳の時に北向道陳に師事し正式に茶を学びますが、すぐに道陳の奨めで武野紹鷗に弟子入りすることとなります。

その当時、利休は抛筅斉宗易と名乗っておりました。

 

利休の美的感性には、紹鷗も感心するほどでございまして、利休は紹鷗の下で修行に励み、新たな茶道具の創造に努力するなど美術面で大いに活躍したのでございます。

 

その後、織田信長に召されて茶頭役となり、本能寺の変以後は、秀吉に仕え三千石を与えられることと相成りました。

秀吉の茶の湯への傾倒も大変なもので、戦場にまで利休を同行させ、陣中で茶会を催すほどでございました。

 

1585年に秀吉が初めて宮中茶会を催した際に、利休にも茶席を受け持たせたのでございます。当時、宮中に入るには一定以上の身分である必要がございましたため、秀吉の願い出により、正親町天皇(おおぎまちてんのう)より「利休居士」の号を勅賜され、これ以降、利休は書状などに正式に「千利休」と記すようになったのでございます。

 

因みに「居士」とは、在家のまま悟道に入った男子の法名の下に付ける称号でございまして、一般には死後の戒名に授けることが多うございます。

 

 

というわけで、purple-dさま。千利休は高麗人とは縁もゆかりもございませんので、ご安心くださいませ。

 

 

次回は、小間についてぶった斬らせて頂きとう存じます。

 

 

その前に、茶の話(14)にて補足と訂正がございます。

 

 

ぶった斬る!シリーズ

*************************

その1 丁宗鐡をぶった斬る!

その2 妻と母親を取り違える丁宗鐡

その3 安土桃山時代に高麗人!?!時空を超える丁宗鐡

その4 朝鮮女性はモノと同じですが、江戸の女性は違います

その5 丁宗鐡「利休は正座していなかった!キリッ!」 ~ してますが。

その6 忠誠心と敬意の違いが理解できない丁宗鐡

その7 正座は日本人の心です

その8 丁宗鐡が知らない畳の歴史

その9 江上剛・書評を書いて法則発動

まとめ 丁宗鐡「正座と日本人」間違い一覧

 

 

 

 

 

AUTHOR: tm05311 DATE: 08/21/2010 00:51:18 相変わらず面白いですね。連中はただお茶を飲んでいるだけだと思っているので、 適当に書いているのでしょうが、そこに深い精神性、論理性があるとは気が付かないのでしょう。 そうですか?自分は意図的にプレッシャーを与えるようにしていますが、 それを超えるお茶の話をいつも読むことが出来ています。 無尽蔵にネタがあるようで、最後まで読むことが出来るのか、そちらの方が心配になってきました。 胡椒の話も面白さてんこ盛りですね。
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To tm05311さん
>相変わらず面白いですね。連中はただお茶を飲んでいるだけだと思っているので、
>適当に書いているのでしょうが、そこに深い精神性、論理性があるとは気が付かないのでしょう。
>
>そうですか?自分は意図的にプレッシャーを与えるようにしていますが、
>それを超えるお茶の話をいつも読むことが出来ています。
>無尽蔵にネタがあるようで、最後まで読むことが出来るのか、そちらの方が心配になってきました。
>胡椒の話も面白さてんこ盛りですね。
無尽蔵にネタがあるのは、茶の湯の世界が深すぎるからでして。
私にもサッパリわからないことも・・・
胡椒の話、是非お聞かせ願いたいです。

To abusanさん
>韓国本土人が珍説を書きまくるのは知ってましたが
>在日も珍説を書くのですな┐(´д`)┌ ヤレヤレ
>
>こんな嘘、一寸調べれば解るのですが、厚顔無恥な朝鮮人も
>結構多いですな( ´,_ゝ`)プッ
なぜ、すぐにバレる嘘をつくんでしょうね。朝鮮人は。
丁宗鐡は、一応日本薬科大学の客員教授なんですが、ウソ教えてるんでしょうかね。まあ、客員なんで大した活動してるとは思えませんが。

To tm05311さん
>携帯からだと長い文章は書きにくいですが、今回の記事で感じたことを書きます。
>送り手と受け手が、居ると思います。自分はお茶の話の続きが読みたいので、ブログを盛り立てたいと思っています。
>面白いことをしていれば面白い連中が集まって来てもっと面白くなります。
>天才的な送り手が居ても、それを理解する受け手が居ないと成立しません。
>
>要するに、高麗茶道には受け手の記述が全くありませんね。
>歌舞伎が今も存在するのは観客が居たからで、送り手だけで存在出来ません。
>相互に影響を与え合って高みを見る事が出来ると思います。
普通なら高麗茶道がそれほど隆盛していれば、そのもてなしを受けた記録が中国や日本に残っているはずなんですけどね。まあ、朝鮮半島にすら文書はありませんから。
韓国起源には、由来もエピソードも何もないのが特徴でww

こんにちは。
関係ありませんが、秀吉が朝鮮の出だという人もいるそうな。
そうなると、朝鮮出身者が自分の出自の国を侵略するって言うなかなかダイナミックな話になると、笑って聞いたおぼえがあります。
やつらは名前が知られた人間は、全て朝鮮人にしないと気がすまないんでしょうね。

単に発音が類似しているのを、無理やりこじつけています。
むしろ、そんなアホネタを信じる方が無学を晒しているようなものですww
『妄想は、土人半島を救う』ww

 千利休の跡は表、裏、武者小路と三つに分かれますが、当時の朝鮮にも渡ったに違いないかと。
 海千家と山千家と。

始める事より、終わらせる事の方が難しいと思っています。
先日作者が亡くなった為に、グインサーガは未完に終わったはずです。読んでいないので、知りませんが。
スパイスの話は管理人さんが振ったので、管理人にお願いします。
胡椒の話は全く分からないです。肉の保存であれば塩があるし、胡椒が金と等価であれば、肉を買えば済む。
それなのに、腐った肉を食べる為に胡椒を使ったと未だに言われています。

「茶の話12」にコメントを投稿した在田と申します。
あらためて宜しく願います。
早速ながら、貴殿に誤解を与えた私の書き方に対してお詫びします。
貴殿同様、実は私もまた、不快感に駆られたため、前文のごとく抜粋した曖昧な記載をしました。そのため、貴殿に誤解を与えてしまったことを深謝します。
まず何が誤解だったのか、を説明のため正確に引用します。
(以下、本文より)
 千利休はとても視野の広い、進取の気性に富んだ人に違いないと私は思っています。
 たとえば、「千」という名字。日本では今ではめったにない名字です。しかし、高麗には普通にあった名字で、朝鮮半島には今でも「千さん」はけっこういます。
 利休は、田中与兵衛(與兵衛)を父に、宝心妙樹を母に持つことからもわかるように、
「千」は利休の本名ではありません。利休が「千」を名乗った理由は諸説ありますが、足利義政の同朋衆だった祖父・千阿弥(専阿弥)の名から「千」を名字としてとったとする説が最も有力でしょうか。
 私の考えはこれとは異なります。堺に生まれ育った利休は外国風、つまり高麗風の名字を拝借して自分の名字としたのではないでしょうか。彼は多分に高麗趣味を堂々と表に出す人であったと私は考えています。
(『正座と日本人』丁宗鐵著、講談社、初版:2009年4月21日、
 「利休の茶の湯はインターナショナル」p56より引用)
(つづく)

(つづき)
史実を交えた巧妙な説明と感じませんか。
著者は千利休が「田中姓」であったことをちゃんと記述したうえで、自分の推論を構築しているのです。
「高麗の末裔」というより、利休は外国への憧れによって、「千」を名乗ったのではないか、と匂わせているのです。
そして、著者は「わたしの意見」としながらも、この後に「小間」や「にじり口」の説明において、「朝鮮建築の典型例」と喝破しているのです。
つまり、千利休は当時、朝鮮を羨望していたと云いたいらしいのです。
私は前回、巧妙に書いてあると指摘したのは、このような点にあるのです。
早々に利休についての教示いただいたことを感謝いたします。
ただ、著者は前述のとおり、たいへん狡猾な説明をしているのです。
一度、『正座と日本人』を読んでいただければ、幸甚でございます。
字数制限のため、分けて送りました。
長文申しわけありませんでした。
今後ともいっそうの御教示 お願い申し上げます。
在田

To kentantoさん
>こんにちは。
>関係ありませんが、秀吉が朝鮮の出だという人もいるそうな。
>そうなると、朝鮮出身者が自分の出自の国を侵略するって言うなかなかダイナミックな話になると、笑って聞いたおぼえがあります。
>
>やつらは名前が知られた人間は、全て朝鮮人にしないと気がすまないんでしょうね。
そして在日の朴さんは、秀吉の生家の名字「木下」を好んで通名に使うと言う・・・

To hanehanさん
>単に発音が類似しているのを、無理やりこじつけています。
>
>むしろ、そんなアホネタを信じる方が無学を晒しているようなものですww
サムライだかサウラビだか・・・
>『妄想は、土人半島を救う』ww
>
24時間テレビですか?

To ご隠居さん
> 千利休の跡は表、裏、武者小路と三つに分かれますが、当時の朝鮮にも渡ったに違いないかと。
>
> 海千家と山千家と。
そして、口を開けば千三で・・・

To tm05311さん
>始める事より、終わらせる事の方が難しいと思っています。
>先日作者が亡くなった為に、グインサーガは未完に終わったはずです。読んでいないので、知りませんが。
>
>スパイスの話は管理人さんが振ったので、管理人にお願いします。
>胡椒の話は全く分からないです。肉の保存であれば塩があるし、胡椒が金と等価であれば、肉を買えば済む。
>それなのに、腐った肉を食べる為に胡椒を使ったと未だに言われています。
スパイスの話は、スパイスを使う事を知ってしまったヨーロッパ人が、アジアに植民地を作った主な目的と言う話しか存じませんで。
何か他にあるのかと思いました。

To purpule-dさん
>「茶の話12」にコメントを投稿した在田と申します。
>あらためて宜しく願います。
>
在田さま。コメント有難うございます。よろしくお願いいたします。
詳細な説明をいただきましてありがとうございます。
なるほど「私は考える」なんですね。妄想全開ですねぇ。
では、妄想をベースに書き直してみましょう。
残念ながら、和書がすぐに手に入らない環境におるものですから、同書をすぐに読むことはできません。
しかし、小間が高麗という話は完全に間違いですね。
これについては、茶室の成りたちの歴史を書いてみましょう。
呼んで頂いて面白い点が見つかりましたら、またコメントいただければ幸いです。

To maazさん
>普通なら高麗茶道がそれほど隆盛していれば、そのもてなしを受けた記録が中国や日本に残っているはずなんですけどね。まあ、朝鮮半島にすら文書はありませんから。
>韓国起源には、由来もエピソードも何もないのが特徴でww
そうか、わかったぞ!
我々の方が大きな間違いをおかしていたいたのかもしれない。
もしかしたら高麗茶道とは、変換ミスではなかったのか。
正しくは「妄想茶道」だったのでは。

To purpule-dさん
>もしかしたら高麗茶道とは、変換ミスではなかったのか。
>正しくは「妄想茶道」だったのでは。
>
かの国の歴史は、すべてが妄想でして・・・

それでは胡椒について少し。PCがあれば検索して裏付けを取るのですが、記憶だけで書いているのでお許し下さい。
胡椒は中東の商人経由でヴェネツィアが欧州にもたらしていました。
それをコロンブスが直接取引にしたのですが、結局安定供給出来ずに、ヴェネツィアに戻ります。
胡椒は金と等価となるほど、高価でした。それでいて結構流通していたようで、
それほど金持ちがそんなに居たのだろうか疑問が残ります。
胡椒の用途は、腐った肉を食べる為と言われてますが、金持ちは良い肉を買えると思います。
腐った肉を食べるしかない人は、胡椒を買えないでしょう。
あるいは肉の保存の為と言うのもありますが、塩で充分なはずです。
普通に調味料として使われたで良いはずなのですが、奇妙です。
時代は後になりますが、日本の醤油をオランダが欧州に輸出していたぐらいで、
かなり高価でルイ14世でも隠し味にしか使えなかったそうで。
高価でも美味しい物を食べたいとする人達は居たのだし。
面白い説を唱えている人がいて、黒死病の薬だった言うものです。
もちろん、薬効は無いのですが、薬なら高価でも無理してでも買いますから。
説得力のある説だと思うので、自分は信じています。

To tm05311さん
胡椒が黒死病の薬として流通していたというのは興味深いですね。
一応、漢方では健胃効果があるとされていますが。
ヨーロッパに輸出された日本の醤油をもとに、イギリスで作られたのがウスターソースですね。食品の流通の歴史も興味深い話が多いです。

胃が悪くて通院してましたが、胡椒は胃に良いときいて、黒胡椒の粒をバリバリ食べていましたが、
結局手術しました。薬効は期待出来ないように思います。
影響を与え合っていくのが普通ですよね。それで進歩したりしますし。
料理の世界は面白いと思います。本能に近いせいか、美味さが絶対正義なので。

To tm05311さん
>胃が悪くて通院してましたが、胡椒は胃に良いときいて、黒胡椒の粒をバリバリ食べていましたが、
>結局手術しました。薬効は期待出来ないように思います。
>
>影響を与え合っていくのが普通ですよね。それで進歩したりしますし。
>料理の世界は面白いと思います。本能に近いせいか、美味さが絶対正義なので。
食の話ほどワクワクするものはありません。
日本ほど美味しいものが食べられる国もありませんし。

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